マリスさんについていき、玉座の奥の長い廊下を歩いていく。
「ここは城に住む人間でも、なかなか入れない場所なの。ここを通れることを誇りに思ってね。」
マリスさんが振り返りながらいう。その顔は苦笑いだ。
「セセルはカガンダって街、今まで聞いたことある?」
「いえ。聞いたことも…見たこともありません。」
「まあ、それもそのはずよ。この廊下が唯一の正式な道だし。実はカガンダは、地下街なの。」
「地下街…?」
「そうよ。王都の地下はとても大きな街が広がっているの。それがカガンダ。」
「…地下…?」
マリスさんが謎の単語を次々と発する。「カガンダ」とは一体どんなまちなのだろうか。
「さ、着いたわ。」
さっきまでの荘厳な廊下の奥にあったのは、みすぼらしいボロボロの扉。この奥に何があるのかも全くわからない。
「こ、これは一体…?」
「カガンダに通じるエレベーターよ。待っててね。もうくるだろうから。」
マリスさんはポケットに手を突っ込んだまま、鼻歌交じりに話した。
「カガンダはこの国が抱える秘密の一つ。王都の地下に広がる闇の街。地上とカガンダを結ぶのはこのエレベーターしかないの。このエレベーターは国家の重要秘密の存在で、地下の人たちには存在すら知られていない。だから、地下に生まれた人は一度も日の光を浴びずに一生を終わらせるわ。地上から何も来ないから、法やルールもない。独自の通貨も持ってるし、彼らの文化ってものが存在してる。」
ポヒャンッという間の抜けた音がどこからかきこえた。
「きた。でもやっぱり彼らの中にも富裕層や貧乏人って格差が生まれる。でも無法地帯だから…富裕層の横暴が酷いみたい。それで貴女をカガンダの治安部局員にスカウトしたの。」
重い金属音とともに扉が開かれる。マリスさんと私がエレベーターに足を踏み入れる度、みしっみしっという音が響く。
そんな中、マリスさんは私を真っ直ぐ見据えて言う。
「セセル。今のカガンダは本当に悲惨なの。貴女は大きな力を持ってる。貴女ならきっとカガンダをもっとよくして、あそこに埋まった才能を掘り起こしてくれるって思ってる。そう、陛下が信じてるの。陛下の目に狂いはないから、私もそれを信じてる。」
ガラガラガラ…というエレベーターを下ろす音がきこえる。このエレベーターは人力らしい。
私はマリスさんの言葉に何も言えなくなっていた。
「答えは、カガンダを見てからきくけど…。お願いしてもいいかな?」
覗き込むように向けられた視線に、私は抵抗できるわけも無く、自信なさげに縦に頷くしかなかった。
「どうして…そんなに大きな仕事を…。」
私に割り当てたのだろう…。
「私と陛下で毎年研修生から探していたの。正義感が強くて優秀で実行力ある人を。丁度ヒットしたのがセセルだったのよ。」
「そうなんですか…」
そこまで評価されてやる仕事ならいいかもしれない。私はほとんど首を縦にふるつもりでいた。
やがて、がしゃんっと音をたてエレベーターが止まる。がたがたと金属音をたてて扉が開く。扉の隙間に人の顔が見える。
エレベーターから一歩踏み出す。
立ち込めるキツい土の香りに顔をしかめる。
大きなドーム状の地帯。
光の魔獣が天井に張り付いていて、この先の見えない区域まで照らしている。魔獣は天井のおおきな石をひたすら齧っている。
そのしたの街並みは、石を敷き詰めたようにびっしりと建物が建てられている。
「…なんなの、この街…?」
わたしはぐるりと周囲を見渡す。
ここは高台になっている。それでも、向こう側の壁は見えなかった。
「ここがカガンダ。千年の歴史を持つ街。さ、街を案内しよう。」
マリスさんがつかつかと手前にあった階段を降りて行く。
「ここって千年もの歴史があるんですか?」
「そうよ。その割にあんまり進歩してないけどね。ここの人たちはどうしたら生活がよくなるか、今までそればかり考えてきた。あの光の魔獣もかなり昔、ここに住んでた老いた陰陽師が亡くなる前に、式神を人々の役にたてるように召喚したもの。そうやって昔から、皆がみんな自分に出来ることをやって生きてきてる。」
マリスさんはうっとりと街並みをみる。その瞳は、故郷を思い返すような、そんなめだった。
そして私はその話を聞きながら幼い頃の記憶が蘇っていた。
「もしかしてこの街って都市伝説の「捨てられた街」…?」
「あら、そんな都市伝説があったの?」
「はい…。随分と前の話ですが…。」
確かそうだ。まだ幼かった日、友人からこの街のような話をきいた。この世界の何処かに、みんなに知られていない地下の街がある。千年前の暴走した魔法使いの被害から逃れるために作られた大きな大きな地下街。しかし魔法使いが封印され、地上に平和が戻ってくるとみんなその存在を忘れて、名前すら忘れられてしまった。そして地上の人は地下街があるとは知らずにその街の何処かに封印された魔法使いを埋めてしまった…。
「確かに、ここに似てる話ね。ここかもしれないけれど。」
マリスさんは微笑みながら言った。
「もしそうなら…。この街にあの魔法使いが封印されているということですかね。」
「さあ…どうかしらね。」
そう言ったマリスさんは遠い目をしていた。

マリスさんの案内で街の色んな場所を巡った。ブティックでは、魔巧生地の服を売っていた。図書館では、マリスさんたちが少しずつ持ってくる本が収められていた。
住宅街に入ると公園もあったりした。
住人は柄が悪いといえば悪いが、お互い助けあって生きているのだ、と思うところがこんな短時間の間に垣間みえた。公園では子供が遊んでいれば必ず大人がいる。大人たちは自分の仕事に誇りを持っている。
飲み屋にも連れていってもらった。まだ早いというのに、店には客がたくさんいた。リリングというマスターが営んでいるらしい。彼は私を見るなり酒を勧めてきたが、マリスさんに怒鳴られていた。へへへっと笑って握手を求めてきた。好い人という印象を持った。
店を出ると、マリスさんは笑いながら、何か困った時は彼を頼りなさい、といってきた。
二人の信頼関係がみえた気がした。