長かった五年の研修期間を終え、私はやっと総務班安全保険課治安部局へと配属になる。子供の頃からの夢である聖都アランシアの警備隊に入隊できるのだ。成績は肉体差のある男性陣も圧倒し実技・筆記共に同期トップ。配属希望は五年前から一度も変えたことも他に追加したこともない。アランシアへの配属はほぼ確実なはずだ。
私は王宮にある大きな廊下を歩いている。クレシェンドと呼ばれる総務班のテリトリーの中だ。荘厳な扉がずらずらと並んでいる。その中の一際大きく、一番奥にある扉に私は手をかける。
「失礼します!セセル・タドリスタです。」
「いいよ、入って。」
班長、アイル・クレシェさんの声が聞こえる。この五年でだいぶ聴き慣れた声になった。
「…おはようございます。」
扉を開いて中に入る。
「研修お疲れ様、セセル。」
クレシェさんが目を細めて仰ってくださる。照明に反射してキラキラ輝く金髪、ペリドットのような淡い黄緑色をした瞳、シルクのように白い肌。女性と間違えるほどのその美貌はこのだだっ広い大広間、「審判の広間」でも一際輝いていた。
「ありがとうございます。本日から警備隊に入隊出来ることを本当に喜ばしく思います。班長の助言やお力添えのおかげだと思っています。これからもよろしくお願いします!」
深く一礼する。
「セセル。今日からの日々に期待を寄せているところ悪いのだが…。君の配属は僕も知らないのだ。今から陛下の下へ行ってもらう。セセル、君はどうやら陛下直々に配属先を言い渡されるそうだよ。」
班長が申し訳なさそうに微笑む。私は一瞬、班長のその言葉も微笑みの意味もわからなかった。
「いったい、それはどういう…?」
「実は僕にもわからないんだ。昨日いきなり陛下に呼ばれたもんでね。大方、君を聖都に勤めさせるにはもったいないとでも思ったんじゃないかな。」
「そう、ですか…。」
幼い頃からの夢を叶えられないかもしれない。そう思うと、今までの自分の努力が虚しく思った。
「とにかく、謁見の間に向かいな。陛下が待ってくださっているから。」
私は班長に促されるまま、審判の広間を後にした。
この国、ナハトミュジクを束ねるのは女帝、アイネ・ミュシク陛下。仮面を被った姿しか国民に見せない謎多き国王である。しかし陛下に王位が譲られてからというもの貧困も混乱も少なくなった。謎なだけあって様々な噂が城下に流れた。
陛下の姿は張りぼてであって城の官僚たちが政治を動かしているのではないか。
実はものすごい魔法使いなのではないか。
政治を成功させあとから危険なことを引き合いに出させても国民の支持を仰ごうとしているのではないか。
など、ほとんどは怪しい話題だった。そのため、国民は陛下を敬いながらもどこか警戒心を忘れずに過ごしてきた。
私は、その謎だらけの陛下に今から会うのだ。
…夢はもう諦めた方がいいのだろうか。夢にここまで近づいて…行き過ぎたなんて不格好すぎる。
今まで自分が頑張ってきたことは一体なんだったのだろう。
そうして考え事をしてるうちに謁見の広間の呆れるほど大きい扉の前についていた。
深く深呼吸して扉に手をかける。
多分これから、私の人生を大きく左右する話だ。
…やってやろうじゃない。
目的をなくした私は、やけに好戦的になっていた。
「失礼します!総務部警備隊隊員!セセル・タドリスタです!」
初めて入る、謁見の広間は訳がわからないほど高い天井とだだっ広い面積をもっていた。これに比べたら審判の広間なんて狭いものだ…。
「よく来てくれた、セセル。」
凛とした女性の声が聞こえた。前から赤髪の美しい女性が歩み寄ってくる。
「帝王、アイネ・ミュシクだ。はじめまして、と言ったところだな。」
帝王。
この人が。
私は自分がどういう状況に置かれているのかを整理するのに少しの時間を必要とした。
「は、はっ!!お初にお目にかかります!陛下っ!」
「ははっ。そんな慌てんでもいい。今回は私の方がお願いする立場だしな。仮面などつけておったら失礼だろう?」
陛下が微笑みながら私の瞳を見つめてくる。
「一体、どういうことなの…ですか?」
さっきまで好戦的になって余裕をこいていたのに、急に緊張してきた。陛下の瞳に見つめられているからだろうか。
「私からセセル、君に頼みたいことがあるのだ。そのために、君の長年の夢である聖都アランシアの警備隊になることを諦めてほしい。」
やはり。班長の言っていたことは本当だった。この夢は諦めなければならない。その覚悟はさっきまで出来ていたつもりだが、ほんの数十分のうちに十年以上貯めてきた思いが捨てられるわけもなく、私は首を縦に振るのに時間がかかった。
「…やはり、長年の夢は捨てきれぬか?」
陛下に上目遣いをされてしまう。
私の夢と陛下の期待をはかりにかける。
私の夢は…警備隊にいればいつの日か叶う希望がある。けれど、陛下の期待は今しか受け入れられない。
「…いえ。少し名残惜しさもありますが、陛下のご用件をきかせていただきます。」
「すまぬ。それでは本題に入ろう。マリス。出てこい。」
陛下に呼ばれてでてきたのは白衣を着た面倒見の良さそうな女性だった。
「陛下…本当にこの子に頼むのですか?」
マリス、と呼ばれた女性は、陛下の方を向きながら怪訝そうに言う。
「どうした。」
「こんなに可愛らしくてまだ未来も希望もあるような子をあんなところに連れて行くのにはどうにも抵抗があるのですよ。」
「私も申し訳なさが募るばかりだ。しかし彼女はきっとあそこを変えてくれるだろう。私が人選を間違ったことがあるか?あとこの話はセセルの目の前でする話ではないだろう。」
「陛下の選んだ方なので仕事については期待していますが…。そうですね。終わりにしましょう。」
私は褒められていたのか貶されていたのかわからない会話をただ黙って聞いていた。
マリスがこちらに向き直る。
「はじめまして、セセルさん。私はマリス。陛下直属の医師をしているわ。今回はあなたの配属先にあなたを案内する案内役よ。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
私はマリスにお辞儀をする。直属の医師って…かなりの偉い人じゃないか?
「セセル。そろそろ君の配属先を言おうと思う。そしてもう一つ頼みがある。何故その街にきみを配属するのか…。その理由はきかないでほしい。」
陛下が懇願するような声でおっしゃる。これが陛下じゃなく、班長だったら今頃私は激怒していただろう。でも、私は首を縦に振るしかなかった。
「わかりました。」
私がそう言うと、陛下ははほっと息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「セセル・タドリスタ。配属先は…」
私がこれから何年過ごすかわからない場所。そこは、
「カガンダだ。」
この20年生きていて見たことも聞いたこともない街だった。
