・調子に乗る
・理論の屋台骨がグラグラ
・自分の弱さから目を背ける
・楽なほうに流される
いやぁー・・、書けばもっと出てくるんだけど、自分の弱さと向き合う、見つめるっていうのは、
体力の要る作業だと思う。考えれば考えるほど凹み、恥ずかしくなり、やり直したくなる。
でもきっとやり直しても、その時はその時で違う落とし穴にハマるんだろうなぁ。
元々悩む頭もない。
悩みや不安なんてのは、自分がつくり出したものか、取りこし苦労かのどちらかです。
凹んでる暇があったら本でも開いて勉強!!
(逃げ)
今日からいよいよ4月1日。新しい年度、新しい期が始まりました。
環境の変化で自分の状況が好転することを祈りつつ、
環境に負けない自分作りにもチカラを入れようと思います。
35歳までに、
1.起業経営
2.幸せな家庭
3.フェラーリ
4.年収5000万円
日々昇進!!!
少年院とは僕にとって謎に満ちた場所だ。そこではみんな一体どんな食事をして、どんな勉強をして、
どんな生活を送っているのか知りたくなったときもあった。しかし、僕の考えは変わった。少年院とは
病院なのだ。
っていう書き出しの中学生時代に書いた作文が出てきました。
誤解を恐れずに言うと、自分の中で「罪」の定義は、人やものを傷つけてしまうかどうか、この一点に尽きる。
一概にこの考えが全ての事例にあてはまるとも思わないけど、国の法の前に自分のなかにある「法」の
基本はここにある。
時代も変われば罪も変わる時代。戦場で人を殺せば英雄になり、平和な国で殺せば家族は表を歩けなくなる。
なんて固いブログなんだ・・・

