8月12日(木)

8月は戦争にまつわる過去の記録とか、映像とか、人々のの思い出とか、様々なものが取り出され、それは過去にも放送されたものであったりするようだが、この月に限っては、思い出し決して忘れるなと、思わせられる月ではある。 間もなく終戦記念日か……。

 

数日前に、日本の原子力開発についての取り組みの経過が放送された。

日本にも原子核の研究には秀でた学者が何人もいて、歴史上に残る発見や、理論の成立に貢献した方が何人もおられた。 そして案外国内で知られていないことが多いとか。

原子核の分裂の発見、、ウランに原子核の中性子をぶつけると分裂してエネルギーを発散する。 核分裂の応用、原爆に基礎的な理論だろう。(物理学を勉強していないので正直、よく理解できないのだけど)

 

ナチスが原爆を開発することを世界は怖れた。 米国はマンハッタン計画で200億ドルうを用意し2000人の学者に研究を命じたと。 核分裂の連鎖反応で原爆は可能だと。

 

日本も、京大の理学部を中心に  「科学研究は戦争を唯一絶対の目的とする」 という閣議決定をもとに、程度はわからないが原爆の開発を進めようとしたことはたしかなことらしい。

新型爆弾への期待は高かった。、

学者の考え方は、理論は可能だが、今回の戦争には間に合わないと 結論を出していた。

 

大国はこぞって原子核分裂のエネルギーを利用した爆弾の開発に躍起となっていたのだ。

国力の優れた米国が完成させ、日本に使ったということなのか。

アメリカが遅れていたら、別の国が、べつの国に落としていたのか。 複雑だ。

 

いったん国が戦争を唯一の目的として進み始めたら、庶民も、官僚も、技術者も、文系も、理系もない。 すべての学者の頭脳も技術も戦争のために使われるのだ。

こういうことなら、戦争から遠いところで生きられる、なんてことはないのだろう。

 

日本が原爆を落とす国にならなくてよかった。 せめてそれが救いのような気がするのは、単純すぎる思考だろうか。