4月20日木曜日〜その1




NHKEテレ『ETV特集 誰のための司法か〜團藤重光 最高裁・事件ノート〜』を録画しながら見る。大阪空港の騒音問題事件の裁判。私の子供時代の話。被害者救済の和解での決着寸前に、何らかの圧力がかかり、大法廷回付となる酷い裏話。團藤氏が書き残したノートで明るみに出る。




(写真)これは、S61年8月9日のスケジュール帳。八尾市久宝寺の久保田鉄工でのビアパーティーが19時に終わるので、兵庫県伊丹市へは遅くとも20時半には入れるので、翌日の香川県善通寺のスケジュールを考えて、到着次第に櫓へ上がらせて頂きたいと交渉したところ「よろしいけど、まぁ来て下さい」と言われて行って見ますと、21時までは離発着の騒音で喋り声はもとより、マイクテストなぞ全く出来ない状況でした。Eテレを見て、聞きしに勝る高芝地区の轟音を思い出した次第です。

(写真)S62年、21時からレコードでの盆踊りが始まり、私は22時から30分間の受け持ち。
(写真)S63年は、22時〜23時出番。
(写真)H元年、22時10分〜23時10分。