11月9日水曜日〜その7




13時から15時まで四度寝。首のストレッチ。四股10回。体重66・9キロ。飲料は、共進牧場 カルシウムのミルク、KAGOME つぶより野菜、ジューサーミキサー製の早和果樹園 ゆら早生みかんジュース、松谷化学工業 希少糖含有シロップ レアシュガースウイートを加えたアメリカン珈琲。かの蜂 国産新蜜 れんげを口に含む。




(写真)先月18日のブログにも書きましたが、東京独演会 昼の部で田中マネージャーにお手紙を託された内田佳子さんが、夜の部の終演後、楽屋へお越し下さった話の後日談です。内田さんは、お父上が幼少の頃に戦死したと聞いて育ったところ、今から16年ほど前、今際の際のお母さんが、戦死では無く本当は離婚したと語られたのです。それから、パソコンで名前検索を続けておられたところ、今年の5月6日に同姓同名のお方に行き着いたとのこと。それが、古書展で購入した、日の丸芸能社旧蔵『昭和参拾貮年九月吉日 芸人名簿』に貼られた、京洛劇場の宣傅部 玉越興八氏の名刺を資料的にアップロードした私のブログだったのです。その矢先に、東京独演会の開催を知り、足を運ばれ初対面となった事は既に書きました。珍しいお名前なのでお父上に間違いはないでしょう。現在、消息を調べていますが、唯一の手掛かりとなった名刺を私が持っているより、内田さんのお手元に置いてもらおうと、名刺を剥がしました。しかし、不思議な御縁です。随分前に古書展の目録で貴重な名簿であるに違いないと入札した時には、関東にお住まいの内田さんが探し求めておられるお父上の消息に辿り着くとは夢にも思っていませんでした。今回、30年振りに東京で独演会が開催されなければ、そして、これが昨年ならば感染症対策が今より厳しくて楽屋での対面は難しかったでしょう。タイミングがピッタリ合ったのです。今日、お手紙を添えて郵送することにしました。



(写真)剥がした名刺の裏には、玉越氏が記されたのか?それとも、日の丸芸能社のメモなのか?。おおよそ、65年振りに日の目を見た文字。玉越氏の字なら良いのになぁ…。