4月16日金曜日~その




(写真)先日、元関脇の麒麟児さんの訃報をニュースで知りました。私が大相撲を見始めたのは、小学5年生だったS49年初場所。翌年、住まいする八尾市に宿舎を構えた片男波部屋ヘ稽古見学に通うエピソードは、著書『音頭ボーイ』に記したので割愛しますが、輪島、北の湖、貴ノ花、魁傑の時代。そこに、猛烈な突っ張りで暴れまくったのが麒麟児。またひとり、相撲少年の頃の花形がいなくなりました。個人的なお付き合いは有りませんでしたが、ザ・ぼんち 里見まさと兄さんのお声掛けで、四度お目にかかっています。最初は、H11年3月1日に大阪市中之島のリーガロイヤルホテルで開催の茨木市別院の魚神さんのパーティー。次もH20年1月8日、リーガロイヤルホテルでの魚神さんの長男 博昭さんが大学を卒業後に東京・錦糸町の魚寅での3年間の修行を終えてのパーティー。何れも、河内音頭を御披露した折に、麒麟児の北陣親方が主賓席に居られました。三度目が、H21年3月12日、北新地の料亭 淡海での、まさと兄さんとの会食時のスリーショットです。其の折に頂いたのが此の絵皿。ちなみに、四度目の対面は魚神さんのご自宅でした。

(写真)相撲少年だった頃に、私が撮ったスナップです。①S50年7月20日、名古屋場所を観戦。千秋楽恒例の協会ご挨拶を花道奥からパチリ。
(写真)②~⑤S51年10月17日、京都府立体育館での巡業を見学。会場近くの公園でのやま稽古。相手は片男波部屋の芝松さん。ボンと呼ばれたこの方には可愛がって頂きました。お会いしたいなぁ…。



(写真)⑥やま稽古の後に書いて下さった色紙。⑦裏には、今も昔も変わりのない私の汚い字でプロフィールを記しています。

合掌。