11月3日日曜日~その2



『貴乃花 我が相撲道』第十三章「横綱相撲の極意」第十四章「早すぎる父の死」第十五章「我が師匠論」第十六章「決起!貴の乱」を読む。



(写真)H15年3月11日、大相撲春場所三日目を天王寺区大道のザ・ちゃんこ!萩屋本場所の萩原常弘社長に頂いた通券で観戦。花道にて引退したばかりの貴乃花親方が、日本相撲協会の紺色のジャンパー姿で場内警備をされていました。また、其の姿を見る為にファンが押し寄せ、混乱が起こらない様に警備会社の人達が周りを固めると云う不思議な光景を目にしたのです。其の直後、警備を終えた親方と通路でバッタリ。行動記録帳にも書いて有りますが、これぞ、正真正銘の初対面。花ノ国さんの結婚披露宴ですれ違ってから、13年の時を経て漸く御挨拶をする機会を得ました。しかし、それはホンの一瞬の出来事。まだ、交際には至らないのです。



(写真)其の年の6月1日、両国国技館にて貴乃花関の引退断髪式が執り行われました。私は、住居するホテル阪急インターナショナルの部屋に設置したスカパーのアンテナでフジテレビ721の「独占生中継!」を受信して録画。現在も『河内家菊水丸ビデオコレクション』NO.1906に残っています。


(写真)H20年2月25日、毎日放送ラジオ「さてはトコトン菊水丸」にゲストでお越し頂き、漸くゆっくりとお話する事が叶いました。此処から公私共にお付き合いが始まり、3月23日に帝国ホテル大阪 3階 孔雀・西の間での「貴乃花部屋三月場所千秋楽打ち上げパーティー」に初めてご招待を頂きました。




(写真)H21年3月6日、10年間のラジオ時代に終止符を打つべくカウントダウンの最中に、二度目のご出演をお願いしました。そして、最終回の翌々日に「打ち上げパーティー」に出席。それ以降の交遊録は、JUGEM~当アメブロのブログに折に触れ記録して御座います。『貴乃花 我が相撲道』を読みながら、私自身との接点に至るまでを調べてみました。