高井丹崖 江戸時代 京の肉筆美人画
絹本に描かれた江戸時代の美人画になります。落款には丹崖とあります。高井丹崖 (たかい-たんがい)江戸時代後期の画家、生没年不詳。京都の人。文化(1804-18)のころの四条派の画家。円山応挙、松村月渓の風をしたい,花鳥画をえがいた。名は鱗。字(あざな)は秋澗。号は丹厓。丹崖が四条派の絵師であることは分かっていても、詳しい事は調べても何も分かりませんでした。本来は浮世絵師では無いのですが、円山応挙やその門人達の美人画などは肉筆浮世絵として本などでは紹介されています。この作品も円山派の美人画に近いような画風なのでしょうか、江戸の美人画とは大分ちがっているみたいです。江戸の浮世絵の美人を見慣れていると、この作品の女性のウエスト当たりが少しふくよかなようにも見えます。江戸の浮世絵美人は美人の理想形を追求したものに対して、女性の体形などもリアルに描かれているようです。夏物の薄手の黒い衣をまとった美人の手には京団扇。下着の赤い襦袢が透けて見えているなど、胸元の緩んでいる姿は夏の日の女性の色香さえ感じさせます。着物の表現の仕方は、なるべく輪郭線を描かずに陰影を巧みに使って描かれています。この作品の一番の魅力といえば、美人の目線がきていて微笑んでいる所でしょうか。一見ポーズをとらせて描いたような感じにも取れますが、なにぶん江戸の美人画は目線がきている物や、微笑んでいる物は少なくてあまり見る事がありません。やはり、美人に見つめられて微笑んで貰えれば誰でも「惚れてまうやろ!」浮世絵の美人画といえば一般には錦絵のような、安価な木版画が大量生産されて誰でも気軽に手に入れる事が出来る物でしたが、上方の大阪や京では美人画の錦絵はあまり作られなかったと聞きます。これは美人画は肉筆というこだわりがあったのでしょうか。ですから上方では浮世絵師でなくても美人画の依頼を受けていて、絵師ならば誰でも描いていたと言います。浮世絵師よりも格上である芸術家としての町絵師の作品ですから、正確には浮世絵とは呼べないかもしれませんが、本来浮世絵とは当代流行の風俗を描いたものですので、それらの美人画も外れる物ではないでしょう。上方の肉筆美人画は見方によれば、現代の日本画に近い物のようにも感じます。江戸の美人画が好みか、上方の美人画が好みかは、その人の好みになってしまいます。どちらが優れているというものではなく、それぞれの個性があり良さがあるものなのです。