仏教で『他因自果』と『自因自果』という言葉があります。
『他因自果』とは、他者(自分以外の誰か、何か)が原因で、自分に幸・不幸の結果が起きる、ということ。
『自因自果』とは、自分のやった行いが、すべて自分の幸・不幸となって現れる、という教えです。
仏教は、常に『自因自果』を説きます。
「自らの身に起きる一切は、自分のまいたものばかり」
これには万に一つ、奥に一つも例外はないと教えられています。
そして『自因自果』を受け止め、発想し、行動できる人を『智恵ある人』といい、『他因自果』と、人のせいにし、恨み、ねたむ人を『愚痴の人』と説かれます。
この仏教の『自因自果』は、たとえ仏教の教えを知らない人であっても、経験則から人生観の柱に置いている人は、ことのほか、多いのではないかと思います。
ある大学教授と仏教の『自因自果』を話している時に「俺が認められないのは世の中がだめだからだ、と思っている研究者は相当いる」と言われ、「そうした傾向は自分にもある」と苦笑されてもいました。
またその教授は「そんな中、本当に優秀な者が少ないけどもあって、それは二通りで、世の流れを正しくつかんで飛躍していくタイプと、一切言い訳をせず、自分の信じる道を行くタイプ、彼らは道を切り開いていく」と言われていました。
「まかぬ種は生えぬ。まいた種は必ず生える。刈り取らねばならぬ一切は、自分のまいたものばかり」
厳粛な因果の道理は万分の一、億分の一も例外はない、と説くのが仏教です。