自分の器とは、生まれ持って与えられた能力のことです。

能力を分けると、運動能力、記憶力、計算力、応用力があります。

運動能力の優れた人間は、各種のスポーツの世界で活躍します。

大学の試験や法律の試験、医師の試験など各試験がありますが、試験に合格する一番の能力は、記憶力と計算力があれば合格するでしょう。

試験に受かるには、全て習ったことを記憶していれば満点になります。

数学などは計算力も必要になりますが、計算に必要な記憶があれば満点になるでしょう。

ですから、医者になった、弁護士になった、政治家になったからと言って、頭の良さだけでは、みんなを救えません。

 

習ったことの応用と、ことに対しての追求する考え方が必要なのです。

これでよいのか、これで間違いがないのか、もっと良い考え方があるはずだ、自分の知らないことがあるはずだ、もっと世の中を知り、人間を知る必要がある、という、努力をして、これで満足をしてなならない向上心が必要なのです。

このことが分かる人間でしたら、自分を戒め、人にやさしく、社会に貢献できる素晴らしい人間です。

 

このような考え方を持った人間もいますが、殆どの人間は頭が良く、重要なポストに就き、人の上に立っても、自分を反省することはなく、自分はえらい、自分の考えに間違いがない、自分は人の上に立つ選ばれた人間なのだ、というように思ってしまう人間が殆どなのです。

 

私が言いたい人の器とは、自分の能力の範囲内で向上心を持ち、努力をして、世の中や人間を理解をして、自分にできる施しを心掛けることのできる人間が大きな器を持っていると言いたいのです。

 

コンプレックスの塊なのか、ほらを吹き、大きなことを言ったり、出来もしないことを言い張ったり、合成写真を使ってスピリチュアルな現象を見せたり、自分を大きく見せたり、周りからバカにされていることも知らずに、いつもいつもいつも同じ自慢をしたり、嘘をついたり、出来もしないことを自慢したりする人間は自分の器の、うの字も知らない愚かな人間なのです。

しかし、このような人間は自分は凄いと思い込むため、人からバカにされているなど思わず、いつもいつも自己満足をしているのでしょう。

 

皆さんも、自分の器を知り、自分にできる最大限のことをして生きれば、人からバカにされることもなく、友人も増え、毎日が楽しい人間らしい生活が送れるでしょう。

 

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施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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