人が悲しみを感じるときは、自分の親や子や友人やペットなど自分とかかわってきたものが亡くなると悲しみが襲ってきます。
このことは、関わってきた人やペットとのふれあいや安心感や愛情などを共にしたことから、自分の生きる支えになったり、癒してもらったり、勇気づけてもらったり、と生きるための支えになったものがいなくなると、悲しくなり、不安になり、楽しかった思い出や幸せだった思い出が錯綜して悲しくなるのです。
しかし、人間は時間が経つにつれて忘れていくのです。
悲しみが強くとも時間が解決してくれるとは、人間は忘れることで、次のステップに行けるようになっているのです。
私事ですが、飼っていた風南(プーナ)ちゃん昨日、急性胃腸炎のために七歳で急死してしまいました。
今の猫や犬は寿命が延びて15歳以上は生きるようになりました。
栄養事情が良くなり、ストレスが少ない状態で飼うからです。
50年くらいまでの猫や犬は7歳が寿命でした。
今でも野生の猫は生きても5年ほどでなくなります。
このことは、栄養事情も悪く、病気にかかりやすくなるために亡くなるのです。
私の飼っていたプーナちゃんは、私の家から700メートルほどのところにセブンイレブンがあり、そこに立ち寄った時に、私のほうに近づいてきて、買い物が終わっても、入口にたたずみ、私のほうによって来るのでした。
この猫にそっくりな子が半年前に15歳で他界をしたのです。
私はその子の生まれ変わりに間違えがないと思い、家に連れ帰り育てたのです。
親ばかかもしれませんが、感情が分かるのです。
頭も利口でお腹がすくと(ごはんー)となくのです。
朝起きないと、枕元にある時計や人形を手で顔をめがけて落とすのです。
私は最愛の猫ちゃんやワンちゃんを7匹みとりました。
よく聞きますが、飼っているときには可愛く良いのですが、死を考えると悲しくて、飼うのが怖くなる、という人がいます。
本当に亡くなるときには悲しく、思い出を振り返ると、悲しみが深く襲ってきます。
動物は必ず死に至ります。当然のことですが、理解をしていても耐えられない悲しみが付きまとうのです。
しかし、助けてもらったり、癒してもらったことで救われたのですから、いてくれてよかったのです。
いつまでも悲しみに慕っていても、解決は尽きません、立ち上がるのです。
今までの思い出を胸に秘めて、供養をして、毎日仏壇に手を合わせれば、いつまでも一緒にいられるのです。
家族の中に病人がいると、家族全体が心配で、心が病人に移り、家族が落ち込んでしまいます。
まして助からない病院の治療の難しいガンや難病の人がいればなおさら辛いでしょう。
その場合、なかなか難しいのですが、自分自身が元気にならなければなりません。
家族の中に病人がいると、自分だけ楽しことを味わってもよいのかとか、家族の一人が苦しんでいるのだから、自分も少しは苦しみをもらわなくてはと、思う人もいますが、絶対にそのようなことを思ってはいけないことなのです。
自分自身が元気になることで、病人に、自分の元気を与えることが、病人を勇気づけて、心配をかけないことになるのです。
人間や動物の死は必ず遅かれ早かれ訪れます。
例え死ぬとしても、死ぬまでの間に、思い残すことの無いように、安心して旅立てるようにしてあげるのが最善なのです。
人間や動物の死は修行を終えた卒業なのです。
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施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。