命はお金では買えません。

もし命に値段が付くとしたら、交通事故の慰謝料から見て、五千万円から一億以上の値段が付くでしょう。

 

しかし、この三次元の人間界では、命をお金では買えないのです。

病院の治療で治せないガンや難病の人はあきらめるしかないのでしょう。

 

この人間界では、病院が人間の体の病を治してくれる最高機関なのですが、限界があり、治せない病が数多くあるのです。

病院では、ガンは手術のガンの除去と抗がん剤治療やホルモン治療など行いますが、この治療で治るのは、初期のガンやリンパに転移のしていない部分ガンにしか効果を与えられません。

難病と言われるものは何万とあるようですが原因も分からず治療方法も分からないまま、少しでも効果のあるもので投薬療法を試みるしかないのです。

 

人間は寿命がありいずれは他界します。

しかし、まだこの世でやり残したことがあり、生きてやり遂げてから思い残すことの無い状況で他界したい。という方は命を取り留めることが可能だったら、何に変えても命を守りたい。と願うはずです。

 

アトピー皮膚炎も難病で、根本的な原因は分かっていませんが、脳から出る免疫に問題があるのは分かっているため、体に害のある免疫を抑えるために、免疫抑制剤を投与して治療をしますが、大きな効果は期待できない状況です。

リュウマチも同じで、免疫抑制を使います。

 

他にも原因不明の病が数多くありますが、難病と言われる病に高い効果を与えられないのが現状です。

 

私がこの仕事について考えたことは、仮に安い金銭で施術をした場合、私一人ではやれないくらいの病院で治せない病の人が来てしまいます。

 

私が施術をやれる限界があるのです。

安い料金で施術を受け入れた場合、誰でも彼でもやって来ては助ける必要のない人にも施術をしなければなりません。

私に限界があるのです。

そのためにも、ある程度の金銭をいただくのです。

神にささげるお布施の意味もあります。

命を取り戻す料金は安い車一台買うくらいの料金です。

命の値段にしたら安いでしょう。

このことは神が縁のある、助けなければならない、助ける人用のある人を連れてくるのです。

しかし、その中にはせっかく、命を助けようとした神の意志を切り、自分の都合の良い考え方で命綱を切り去っていく人もいるのです。

中には文句を言う人もいます。

金が高い、態度が悪い、とか、ありもしないことをあるサイトに投稿する人間もいます。

そんなことをして意味があるのでしょうか、

去っていくのなら静かに去っていくべきです。

 

そのような人は、もっとすごいなん病やガンを治す気功師や訳の分からない祈祷師に命を託すのですが、治るどころか、さらに悪くなり、取り返しのつかなくなるケースが後を絶ちません。

 

命が危うくなってから反省しても遅いのです。

気負つけなくてはいけないのが、ガンや難病を観単に治すと言うような、ところがたくさんホームページに書いてあります。

難病気功、ガン気功、気功、有名な気功師、凄い気功師、などで検索するとずらーと出てきます。

その文章がとてもうまく、すぐに治してもらえると勘違いをしてしまうのでしょう。

 

ガンや難病に高い効果を与えられるヒーラーは、私を含めて数人しかいないのですよ。

その数人は私の様にアピールをしていません。

陰に隠れているか、自分でもその力に気が付いていない人間が高い脳力を持っていることがあります。

 

まだこの世にやり残したことがあり、病院の治療では治らない人は縁があれば私と縁で繋がるでしょう。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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性格は顔に現れるでしょう。

笑顔施という仏教用語があります。

笑顔で接することで、気持ちを和ませる、このことも一つのお布施にあたるのです。

笑顔であいさつをされて嫌に思う人はいないでしょう。

 

不細工な顔の人でも笑顔で相手に接すれば不細工に見えなくなり、その人の笑顔が素敵に見えるでしょう。

性格の悪い人は悪いなりに顔に現れます。

 

不細工だからと言って、しかめっ面の顔を作り、渋がって見せても、(この人は何で怒っているのか、何か嫌なことでもあったのか、と思われるのです。

昔、東映映画に高倉健や菅原文太と言った、渋い俳優が凄みの効いた顔で、カッコよく立ち回っていましたが、この人の顔のまねをして、不細工な人間が、眉間にしわを寄せてしぶがって見せても、みっともないだけで馬鹿にされるでしょう。

 

強い人間ほど、強い人間に見えないように、しているのです。

顔は悪い、背も低い、年も取っている人は、笑顔で相手に接し、ほらは吹かず、出来もしない大きなことは言わず、ありのままの自分をアピールしていれば、良い顔、良い人間に思えて来て、誰からも愛される人間になり、人は見かけではないと人々は思い敬うでしょう。

凄い人間と思わせたく、出来もしないことを言い、難しい訳の分からないことを言い、渋がって見せるのでは、馬鹿にされるだけで、相手にされないでしょう。

もしそうではないとしたら、現実に起こった事柄を説明し、そのことを裏付ける証拠も必要でしょう。

 

このことに心あたりのある人は、笑顔でありのままの自分をアピールすることですよ。

そうすれば、馬鹿にされることもなく楽に生きられるようになりますよ。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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自分を鏡に映すという意味は、自分はどの様な人間か考えてみる必要があるのです。

自分の能力の範囲内で生きればよいのですが、(自分の能力の範囲内と言っても、自分を磨き、向上するための努力は絶対に必要です。)

自分の能力を超えてことをなすと、必ずその反動が来てしまいます。

自分の能力を超えてことをするということは、相手に嘘をついたり、ほらを吹いたり、大きなことを言ったり、みっともない自己陶酔、自己満足をしたりすると、すぐに相手から見破られみじめな結果になるからです。

 

若いうちはある程度はったりやほらを吹くことは良いのです。

しかし、ただ漠然とほらやはったりをすることは良くはありません。

ほらやはったりをほらやはったりにしないように、自分で行った大きなことに向かって努力をして実行するのです。

 

張子の虎をご存じですか、中身は無くても虎の形をしています。

張子の虎というのは、中身のない人間だと言う意味でしょう。

若いうちは張子の虎でよいのです。

努力を重ね精進して、中身を埋めるのです。

そのことを繰り返し行うと、中身が埋まり、本物のトラになると言うことです。

 

見かけは悪い、現実味がない、大きなことを言う、その根拠は何もないが、自己陶酔というか自己錯覚の末、自分は凄い人間だと言わんばかりのことを平気でアピールしている人が居たらやめたほうがよろしいのです。

しかし、自分で気が付かない愚かな、みっともない恥ずかしい人間がいるのです。

 

馬鹿は幸せというように、自分のことを気が付かず、見かけも悪くみっともない姿で大きなことを言っても、人は馬鹿にするだけで相手にしないでしょうが、自分だけは凄い人間だ、みんなは自分のことを凄い人だと思っている、と自己錯覚をしている人は恥ずかしい人間だと気が付いてください。

 

自分の能力の範囲内のことをして、社会に溶け込み、人との友愛を築いて、人から愛される人間で生きるのが、正しい人間の生き方でしょう。

そういう生き方をすれば、思い残すこともなく、人との争いごともなく、心の平和が生まれ、生きる幸せが感じられるようになるでしょう。

それとともに、少々のことには動じない、心の大きな人間になっていくのですよ。

 

恥ずかしい人間をすぐに反省し、考え直せば馬鹿にされなくなり楽になりますよ。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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断捨離とは不要なものを絶ち、物への執着から離れることで概念を無くし身軽な快適生活を目指し、さっぱりとした心を築き、有意義な人生を歩むという思考法で、ヨガの哲学を応用した考え方です。

ヨガの行法にある、断業、捨行、離行の三文字を組み合わせた、行の言葉です。

この意味は、物欲を断ち切り、ものにとらわれないさっぱりとした精神を築くための業なのです・

 

単純観単に考えてください。

例えば昔かった大切にしている服があるとして、着る機会がなく、体型が変わっても、気に入っているのだから、いつか着る日が来るかもしれないとか、部屋が狭いが、気に入っているので捨てられないとか、部屋に合わないが置いておくとか、ありませんか?

このような時、処分をするのです。

無論、リサイクルのできるものであれば、リサイクルショップに売る、価値のないものであれば捨てる、というように処分をするのです。

 

処分をすれば、部屋は広くなり明るくなり、さっぱりするでしょう。

気持ちが晴れ晴れとするでしょう。

 

武士が良いというわけではありませんが、武士はいつ命を絶ってもよいように、無駄なものは置かず、部屋をきっちと整理をして、決断の時を静かな心で過ごす、というように身の回りの整理を常にして覚悟をもって生きたのです。

 

このような無の心になれば、怯えることもなく、少しくらい嫌なことがあっても平然と受け止められる精神が出来上がるのです。

 

話が変わりますが、いま知り合いの家の整理をしています。

この方は数年前から施術を受けに来ている人ですが、帯状疱疹持ちで、坐骨神経痛があり、つれやすい体質の人でしたが、施術をするとすべてすぐに治ってしまう人なのでした。

そのせいで、一度施術をするとすぐに良くなるので、痛みが出てどうしようもないと、施術を受けに来なく、一か月に一度か二か月に一度しか施術に来ませんが、施術に来た時には、そこら中痛い、痛いと言ってくるのですが、施術をするとすぐに治ってしまうのです。

 

そのような施術のやり方を4年くらいしていたのですが、最近になってからは、一度の施術だけではすぐに治らなくなってしまったのです。

やはり、施術は断続的に行い、ほぼ完治をするまでは施術を続けないと、必ず再発やしっぺ返しが来てしまうからです。

 

そのことを言い聞かせ、反省していまは週に一度くらい来ています。

肋間神経痛もよくなってきてます。

坐骨神経痛も軽減しています。

帯状疱疹は出なくなってきました。

治すときには徹底的に治すことが必要なのです。

もし病院での治療が可能ならば病院で治すのが一番良い方法ですが、病院の治療では治せない病を治すには、ある程度の覚悟がいるでしょう。

 

病院で治せないガンや難病の場合は絶対に必要なことは、何に変えても治したい、打算や計算はいけません。

この世で治せない病を治すには、私だけの力だけではなく、本人の素直な強い意志が必要でしょう。

 

先ほどの方の話に戻りますが、その方の家に片付けに行ってます。

二年前に片づけた時には、ごみの山でしたが、今回は少しは片付いていました。

断捨離というように、いらないものすべてを捨てることにしたようです。

あと三日は片付けにかかるでしょう。

 

片付け後は、すっきりした部屋になり、心が落ち着き疲れも吹っ飛ぶでしょう。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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毎年熱さが増してくる気がします。

今世界でやっている温度対策はわずかなもので、温度対策と言っても気休め程度しか行っていないのが現状です。

人間というのは危機が襲ってこないと実感が沸かないのでしょう。

何とかなると言う考え方が先に立ち、真剣に取り組もうとする思いがないのでしょう。

温度対策をしなくては環境破壊が起こり人間が住めなくなることも分かっていながら、何十年後や何百年後には自分は生きてないし関係ないだろうとする思いを抱く人が殆どなのです。

 

確かに今生きているときの住みやすい生活とか、より高度の生産とかは必要でしょうが、今だけよければよいと言う考えはやめなければいけないのです。

 

死んだら関係ない、一度だけの人生、などという人が多く見受けられますが、そうではないのです。

人間は生まれ変わります。

人間に生まれ変われないものは、虫や動物に生まれるのです。

 

虫や動物は、意識がありません。

自分は何で生まれたのかとか、今何をしたらよいのかとか、自分は何者かとかの意識は全くないのです。

ただの本能だけで生きるのです。

生きるために食べ、生きるために行動する、死を迎えることも分からず、自然に体が動かなくなり死に至ることに生きるのでしょう。

 

虫や動物でも恐怖は味わうのです。

 

このことも神より与えられた罰則なのでしょう。

運よく人間に生まれたとしても、前世のカルマによって生き方が違うのです。

カルマとは、自分でした行為と同じ行為が巡ってくるのです。

良いことをすればよいことが返ってくる。

悪ことをすればそれと同じことが返ってくるのです。

 

人間が生まれ変わる意味はカルマを拭うための修業をするためと自分にしかできないことをするために生まれたと考えてください。

 

このように人間は死んだら終わりではないのです。

一度きりの人生だったら何をしてもよいと言うことはありません。

後世に繋がると言うことを知ってください。

 

暑さに負けず、頑張るのです。

熱さを利用するのです。

夏は明るくなるのも早いので、早起きをしてジョキングなどや体操を行い汗をかき、その後シャワーを浴び、すっきり感を味わい、朝食もうまく、心をリフレッシュする時期に暑さをうまく利用すれば、夏も快適に過ごせるのではありませんか。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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