いつも説明していますが、自分の能力(顔、スタイル、記憶力、計算力、応用力、)を知ることで、自分の限界を知り、それに伴った行動をとれば済むのです。

生まれた時のDNAによって、能力は人それぞれ異なります。

スタイルもよく、顔もよく、頭もよく、応用力が優れていれば素晴らしいことでしょう。

しかし、この全部がそれっていても、完全にすべては満足はできないのです。

 

人間は修行のために欲望を与えらえて生まれてきたために、欲望を満足させる限界がありません。

 

ですから、この世界で優位な人間は、さらに上の満足を目指して突き進みます。

やがては自分の限界を知っても、満足を果たすために突き進みますが、満足を果たす手段は、人を犠牲にして、満足を果たすことしかできません。

 

ここまで来ると、もはや人間ではなくなるのでしょう。

悪魔化に変身するのです。

 

このような人間は世界の中で数十人程度ですが、それに匹敵する人間も含めると、数万人になるでしょう。

これはこれでほっとくしかありません。

 

私の言う自分の能力を知ると言うことは、自分の限界を知り、自分なりに喜びを感じるようにすることです。

小さな喜びを大きな喜びに感じるようにするには、自分を鍛えなければなりません。

体力つくり、自分への戒め、自慢をしない、ありのままの自分を見せる、例え能力が人より優れていても、自慢をしない、いつも謙虚でいることが人から愛されることに繋がり、ゆとりにある人生を歩めるのです。

 

背は低く、顔は悪い、どう見てもかっこよくない、そのような人間がいたとしたら、そのような人でも、ありのままの自分を堂々と見せ、一つの生きる方向性を掲げ、筋の通った人生を歩んでいれば、カッコよく見えるのですが、顔を隠したり、決して良くない昔の写真ばかり見せたり、ある有名人と、さも友達だと言わんばかりに一緒に写った写真をいつも見せたり、訳の分からない偉そうなことばかり言ったり、自分を大きく見せるために、大ぼらを絶えず吹いたり、しても、すぐに見破られ、馬鹿にされるのですが本人はかっこよくみられていると勘違いをしている、みっともない人も見かけます。

 

顔やスタイルは変えられませんが、堂々と今の自分を見せればよいのです。

そうすれば誰も馬鹿にはしません。

逆に、誠意を感じ、好感が持てる人間に見られるのですよ。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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例えば、選挙で受かりたい人の場合、必要以上に、国民にアピールするために、少し無理だと思う政策でも、やれる、やって見せるるというようなことを言って、支援を集める人が多いのでしょう。

国民のためと言っても、すべては自分のためにしか考えない、政治家が殆どでしょう。

政治的なことは仕方ないとして、嘘やほらを吹いて、自分を大きく見せる人がいるとしたら、その人はコンプレックスの塊の人間の人が多いのです。

誰しもコンプレックスはありますが、コンプレックスがいろいろな方面にある人が、自分を偽り、自己陶酔のような錯覚を抱き、自分は凄い人間だと思い込み、自己満足に慕ることが多いのです。

 

このような人間はすぐに見破られ、馬鹿にされるのが落ちですが、このことに全く気が付かず、ほらを一向にやめず、自分は凄い人間だと思い込み、自分を見つめ直そうとしない人もいるでしょう。

 

このような人間は、いつもびくびくして、態度が大きく偉そうにしたり、嘘の自慢話をいつも繰り返したり、本心で笑顔を作れなくなるのです。

 

人間には生まれ持っての性能が付いて回ります。

無論努力で少しは向上できますが、生まれ持って高い能力の人間には追い付けないのです。

 

そこでひがんだり、その人間と肩を並べるために嘘をついたり、自分にできそうもない大きなことを言ったり、するのはみじめになるだけなのでしょう。

 

自分の胸に手を当てて、自問自答すれば分かることなのでしょうが、そのような人間は年を重ねてもやめようとはしないもので、年をとると、昔はすごかったとか、昔はこういうことをした、というように昔のことだから分からない、ばれないと思い、嘘がエスカレートするのです。

 

私の言っているような人間が、このことに気が付いたら、自分の能力の範囲内で努力をし、決してできもしない大きなことは言わず、自分なりに一生懸命生きれば、周りから慕われ、堂々と生き寝けるのではありませんか。

 

最後に言いますが、中身のない張子の虎でよいのですが、なかみがないのをみぬかれるように、ある程度の大きなことを言ったりできないことをできると言ったりするのは良い意味でのほらなのですよ、そこで中身を埋めるように、最初はやれないことでも、絶えず挑戦して、戦い、一つ一つの難問をクリアしていると、気が付いた時には、中身のある本物のトラになれるのですよ。

 

もう一つの例えは、歌手がレコードを売るときに、表紙に描くじぶんの写真を必要以上に若く美しく写真を訂正する行為は、売るための行為なので、自分を偽るとは言いません。

 

年をとった今になっても気が付かない人は、一生馬鹿にされてるのも分からず、変な意味での自己陶酔に染まっている人なのでしょう。

 

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無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
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去年の11月頃から施術を求める人が来なくなり、神様が休暇をくださり、エネルギーの補充をするようにしてくださったのですが、

そろそろ、私の目的を果たすときが来たようです。

 

本日来た方は、乳がんの方です。

この方は右の乳房にしこりがあり、肺や肝臓に転移をしている恐れがある人です。

 

乳がんと分かり病院で検査後、手術も抗がん剤もせず、5年間経過していたのです。

ガンはその臓器にとどまっている間は、その臓器ごと摘出手術をすれば、治る確率は高いのです。

しかし、その時点でリンパに伝わり、他の臓器に転移をしていると、手術だけでは治りません。

 

この方も乳がんのことしか分からず、他の臓器に手にをしていることも知りませんでした。

若いうちのガンは、ピンポン玉程度の大きさになるには半年でなります。

それからどんどん大きくなり続けてからほかの臓器に転移をしてしまうのです。

 

前に来たガンの方の一人は、乳がんから、肺に転移、肝臓に転移、骨盤に転移を繰り返し背骨のも転移をしてしまった人が居ました。

その方の施術をしてほとんどのガンは消したのですが、いろいろな事情があったようで、あと少しで消えたのにやめてしまったのです。

この方のことは私の助手がいろいろな方面から写真を見せて書いています。

 

他の乳がんの方も、肝臓から骨盤に転移をしていました。

子宮頸がんの人も肺に転移をしてしまってました。

 

脳腫瘍の人も肺にガンがありました。

このように、ガンはほっておくと全身にガンができてしまうのです。

 

本日施術をした結果ですが、体が楽になり、むくんでいた顔が引き締まり、顔に赤みが差し、元気になって帰りましが、施術をするたびに体は楽になり、ガンもそのうちに小さくなるでしょう。

 

新しく来たガンの人を助ける為に、施術をしますが、ここまで、ガンが広がると、時間がだいぶかかると思いますが、必ず治ると思いますが完治するまで一年近くかかるかもしれません。

 

ただし、完治するまでの施術料金は、安い車一台買うくらいかかるかもしれません。

命はお金では買えませんが命の値段は交通事故から判断すると、5千万から1億くらいの値段になるでしょうが私の手術料金は、その20分の1か30分の一程度の料金で済むのですが、これを高いか安いかは、個人の判断に任せるしかないでしょう。

 

効果の出た時点でこの方のことを説明したいと思います。

 

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昔からよく言う言葉であちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず、と言いますが、限られたものの中でうまくまとめようとすれば、必ずどちらかに傾くのが当たりまえなのです。

 

日本の政治も同じことが言えるのです。

表向きの見せかけで、国民の生活をよくするために、消費税を無くすとか、税金を少なくするとか、言っている政治家が数多くいますが、実際のところ、日本の財政には限界があり、消費税や税金を少なくすると、必ずその反動が来てしまい、他から財政を立て直すしかなくなるのです。

 

仮に消費税や税金を少なくした場合、数年後にはその二倍の税収を賄わないと日本はやっていけなくなるのです。

 

日本の選挙区を見ても、東京や大阪の首都などは、一時的な甘い言葉や見せかけはすぐに見破られ、本当に日本をよくする政治家を選ぶ人が多いのです。

人間は自分に有利な条件を好みますが、ある程度の妥協も必要なのです。

例えば、ごみ焼却所を作るところがあると、交通が多くなり危ないとか、他に作ればよいとか、自分のところだけは良い状態にしたいと言う自分勝手な自己主義的な心境になる人がいかに多いかです。

 

何か自分の住んでいるところに不利な条件が来るとすぐに反対する人が多いのです。

 

政治家もそのことを手玉に取り、反対の助けをする見せかけで票をとると言うことをしているのです。おバカな人間はすぐに反対するしかないのです。

もちろん、何でもかんでも言うとおりにすることは無いかもしれません、その場合よく話し合い、自分のところが適任たら仕方のないことだと妥協すべきだと思います。

 

自分に不利なことは何でも反対という人間は、世の中のためということは全く考えず、自分のことしか考えない人が多いからです。

こちらを立てればこちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たずの言葉の様に、完璧に平均に事を運べないのです。

 

何でも反対、何でも反対、という人が多いのですが、よく考えて、自分が犠牲になることで、相手が良くなることを考えれば、

一つの友愛な施しの精神そのものでしょう。

 

何でも反対するのではなく、周りのことをよく考え、選ばれた場所ならばある程度受け入れる姿勢も必要でしょう。

 

今行っている衆議院選挙もそうでしょう。

いいことばかり言っているが、現実には難しいことでも選挙に受かりたいために、いいことばかり言っている政党や個人をよく見分ける、ことが必要でしょう。

 

公明党と連立政権を組み中道改革連合などと名前を付けた政党がありますが、最初から考え方や趣旨が異なる政党が手を組んでも一時的なことで、この政党に日本を任せてもうまくいかないでしょう。

 

このように、あちらを立てればこちらが立たずというように、せべてうまくいく政策はないのです。

税金は安く家庭に負担がかからない、給料が高く、ということは、出来ないのです。

本当に生活に困っている人は、助けなければいけませんが、ある程度の生活をしている人でももっと楽な暮らしをしたいと思うのでしょう。

 

生活保護の人のほとんどは、働けるのに働かず、ギャンブルをしたり、努力をしない人が殆どです。

本当に生活保護が必要な人には、保護しなければなりませんが本当に生活保護の対象になる人は一割程度の人たちなのです。

 

私の知り合いにいますが、55歳から生活保護を受け、毎日のようにギャンブル場に出入りして、毎日酒を飲んでいる人間もいます。

浅草の山野の人間のほとんどが生活保護を受けていますが、朝から酒を飲み、ギャンブルをして暮らす毎日なのです。

 

このような人たちでも、もっと生活保護の金を多くもらいたいと言っているのですよ。

このように人間は自分の立場も努力もしない人でも、もっと良い暮らしがしたいと言う本能はあるのです。

 

このような人は人で、正常な考えのできる人ならば、出来る限り自分で努力をし、難関、難問にチャレンジを続け、本当に困っている人だけを助けるべきでしょう。

 

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この方は将棋界の天才と言われた人で、中学生棋士としても知られています。

この方の昇段は一番でしたが、藤井君に抜かれ、二位に落ちましたが、大変な記録の持ち主でした。

 

私も将棋を指すので、将棋界のことは少しは気にしています。

私はアマチュアの5段です。

プロの実力から言えば、プロの6級くらいの実力です。

 

ひふみんの話に戻りますが、将棋会を引退してからは、昔の鋭い症状の面影は全くなく、柔和な優しい表情で、会話も優しくひふみんなりの分かりやすい表現を使って話をされていました。

 

この前に書きましたが、個人差もありますが、人間年をとると、顔は樽もしわは増え、昔のカッコよい面影が消えてしまい、別人のようになる人が殆どでしょう。

 

心からご冥福を祈ります。

 

年をとると昔の面影の無い、別人のようなだらしない顔になる人が殆どですが、昔の面影を残し、年をとってもしっかりした顔を保つ人も、ごく少数いますが、このような人は、年をとった顔が凄くカッコよい顔に見えるのです。

 

このような顔になるには、生まれ持ったDNAの素質もありますが、少しは良い顔になるようにすることができます。

いつも言いますが、適度の運動と何かに向かって、それを乗り越える強い精神力を持ち、日常を規則正しく生き、自分でやれることを精一杯やり遂げる、と人間は表情がたくましくなりカッコよく見えるのです。

 

背は低く、歌は音痴、変な意味でのナルシスト、顔は締まりがなくみっともない人間でも、上に書いてあるようなことをしていれば、カッコよく見えるのかもしれませんが、いつも大きなことを言ってほらを吹き、訳の分からない難しことを言って煙に巻く、決してカッコよくないのですが、自分ではよく撮れていると思っている、昔の写真をいつも見せている、コンプレックスの塊のような人間も中に入るでしょう。

 

このようなことをしても誰も受け入れなく馬鹿にされているのです。

今からでも遅くはありません。

堂々と今の自分を見せるのです。

自分できる範囲内のことをアピールするのです。

 

いくら大きなことを言っても証明するものが何もなく、根拠もない場合、これを見た人は、またかと思うでしょう。

 

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