上の2枚の写真は、ビューの方角が正反対ですが、残した二股の松の木で

作業の概要はわかると思います。

 

ちなみに、1枚目右の砂利道は旧国道49号線。

森の左手には、地元の人が「侍道」と呼ぶ、戊辰戦争当時の古道の痕跡が確かにあり

そのさらに数十M左手に、現49号線という位置関係。

 

たくさんの人の手によって、1か月半でここまできれいになりました。

 

雑木はぶっとい栗、楢、松の順で多かった。

そのほか、この場所で象徴的な?40センチ超のブナにコブシと

恰好のいい楢2本に二股松に栗を残して伐採し、

 

幹は、全部は間に合わなかったけれど、薪ストーブユーザーが大半を持ち帰り、

一部はキノコの榾木になり、

枝葉は、畑の暗渠用に村の人が利用したり、チッパーにかけて敷物にしたりで、

 

業者任せにせず、地域の人々の力だけで、このくらいの仕事ができた。

マイユンボなんて、特殊技能の持ち主がいたのも奇跡的だったけど、

廃棄物処理にも出さずに済んだというのは、ちょっとなかなかのことなんじゃない?

と思います。

 

昨日、地元の人達や史談会の方たちやらが集まって、

予定通り、「八重桜の植樹会」が開かれました。

 

ここは、会津の戊辰戦争を語るうえでの重要な場所でもあると、聞いてはいましたが、

白虎隊の自刃の前の日に、実際に戦いがあったというだけでなく、

この「夜泣き石」の下には、戦死者が40数名が仮埋葬されたという史実が

あったのが最近分かったのだそう!

 

今回、主催者の配慮で、一基中学校の「剣舞」が奉納されたんだけど、

ちょっと、しみじみ、いい供養になったんじゃあなかろうか。

 

まあ、私には霊は見えないので早朝暗いうちの一人仕事もなんてことはないのですが、

鉄砲の弾が飛び交った様子は思い浮かんで、しみじみします。

 

それで引き受けたわけでは全くないのですが、草刈手入れはしっかり

やらせていただきます。

 

数年後には、ピンクの八重桜の花が咲く予定。