東京芸術劇場プレイハウスにて

「シラノ・ド・ベルジュラック」を観劇してきました音譜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレイハウスはロマーレ以来だな~。

 

 

 

 

 

 

 

ミニマムな衣装と舞台セット、

ラップやボイスパーカッションで気持ちを綴る…といった

前代未聞の全く新しいシラノ・ド・ベルジュラックという

惹句だったので、「え!?ラップはてなマークはてなマークはてなマーク何故にラップアセアセ」と

本当に頭を傾げながら会場へ向かったのですが

思っていたより、ラップは違和感なかったです。

 

ただ、どうしてもあぁ言う早口系の言葉だと

聞き取り難くなってきてあせるあせるあせる

マジ、何言ってるのかわからんぼけー

ぽかーんとなることもありましたが、

大勢には影響がないように

わたしは感じたので、そこは杞憂でした。

 

シラノの古川くんは特徴の鼻をつけてはいなかったのですが

クリスチャン役の浜中さんがとても綺麗なお顔立ちで。

ただ、横顔だと割と平たい顔族のように見受けられるので

対比するとあるはずのないつけ鼻をつけているかのように

感じる不思議な瞬間もありました。

 

なんとなくあらすじは知っていても

初めてシラノに対峙するので

わかってない部分も多々あると思うのですが

ロクサーヌの在り方によって印象を左右されるなと。

なかなかね、ロクサーヌって難しい役どころだと思うのです。

シラノが恋する高嶺の花でありつつ

クリスチャンに恋する女性で。

一途かと思えば、かぐや姫のように難題を課す背反する部分に

共感できるか否かで観劇後の感想が変わるなと。

 

勿論、現代に持ってきているから修道院に比するものが

ないとは思うのですが、やっぱり修道院的なところに入る

ロクサーヌでいてほしかったのですよね、わたしは。

ビッチと純情は同時にあり得るのかもしれないのだけど

なんだろう、性的なことに、ここまで露悪的かつあからさまな

ロクサーヌは正直観たくなかった…。

それとも、これはクリスチャンを喪って、心が壊れて肉体は生きていても

心はこの世界に生きていないロクサーヌを表していたのでしょうか。

ロクサーヌのどこにシラノは惚れたのはてなマークって疑問が生まれちゃうのは

何か違う気がするのです。

ド・ギッシュ伯とラップバトル(はてなマーク)的なことをしているときも

そのラップが字幕で出てくるのだけど

ロクサーヌの言葉の字体が女の子丸文字な感じで

女性で初の大学入学者という驚異的なバックボーンが

まるで活かせてない気がするのよ。

そこは万年筆の美文字でしょう!!とかわたしは思ったのですが。

ド・ギッシュ伯のは明朝っぽい感じだったような…。

 

すみれコードの世界観が親なのでウシシ

 

ただ、報われない愛を恋々と綴る古川くんには

やっぱり引き込まれるなと思いました。

 

 

そうそう。

ド・ギッシュ伯を演じた堀部圭亮さんがすごく良かったですラブラブ

なんか悪役なのですが、どこか飄々としていて憎めないの。

ピシッと舞台を締めてくれてました。

 

実は途中で台詞の情報過多で

脳がオーバーヒートして睡魔が襲ったり

一幕でもういいかなと思う瞬間もあったのでぼけー

最後まで観ることができて良かったです。

全部を通すと理解できることもあったので

もう一度見ると理解が深まるのだろうなと思いました。

 

うん、原作を読んでみますビックリマーク