再び口が近づいてきて、俺はすぐさま横を向いた。
『ちゅっ…。』
今度は頬に軽く触れる。
『ごめん…。』
だが、一向に腕の力は抜けない。
押さえつけられたまま身動きができないのは変わらなかった。
そのまま翔くんが頭を倒す。
俺の頭の方に…
ドキドキと心臓の鼓動が早い。
それを気づかれて揶揄われるんじゃないかと恐れた。
『あいつと何かあるのかと思って…カッとなった。』
何かあるのかと思って…と言われてあの時の異様な状況を思い出す。
確かに変だった。
『ふっ…そんなわけないのにね。
でも、これからは毎日車で一緒に帰って…。』
車が安全だとは思うけど、一緒にってのはどうだろう。
こんな風に意味のない悪ふざけは俺にはもうキツイんだ。
「一緒には帰らない。」
『なんで…?』
「手…放せよ……っていうか、退けろっ。』
アイツがどういう人間か知らないでうっかり親しくしたことで怒らしてしまったのは仕方がない。
でも、こんな行動、意味わかんない。
『嫌だ。』
はっ…?
「一体…何の真似だよっ!」
『抱きたい…。』
!
俺は思わずじっと翔くんを見つめてしまった。
抱きたい…?
だが、それが単に抱き付きたいって事じゃないんだってことはすぐにわかった。
真っすぐ向けられる瞳はとても揶揄ているようには見えない。
ドキドキドキ…
鼓動がさらに大きく響いていた。
俺の…?
翔くんの…?
密着しすぎてどっちの鼓動だかわけがわからない。
「俺は…女じゃない。」
『知ってるよ。』
じゃあなんでそんなこと言うんだ…?
『好きなのに女も男もない。』
え…
『好き…。』
!
『俺…智くんが…そう言った意味で好きなんだ。』
「ふざけんな…。」
だが、そんな俺の言葉は弱々しかった。
『ふざけてない。』
「うるさい。 彼女がいるくせに何言ってんだっ!」
翔くんが起き上がる。
そして…
そのままじっと動かない。
彼女がいるくせに、何だってこんな…
急に静かになったのをいぶかしく思って、おずおずと翔くんを見上げると、目を見開いて驚いた様子で俺を見下ろしていた。
『何言ってんの…?
彼女なんているわけないでしょ?』
本当にわからないって感じだった。
だが、俺はそんな彼の態度に余計イラだった。
しらじらしい。
よくもいけしゃあしゃあと…
「嘘つきっ!」
感情が高まって止められない。
おふざけが好きなのは知ってるけど、こんなのついていけない。
『嘘じゃないっ!』
「離せよっ。」
『嫌だっ。 信じるまで離さないっ。』
はっ?
無茶苦茶なことを言ってるくせに、まるで自分が正しいと言わんばかりな態度に腹が立つ。
「テーとしてたくせにっ!」
『デート…?』
「女の子とカラオケ行ってただろっ。」
俺が何も知らないと思って…
『え…。』
「こっちはちゃんと知ってるんだからなっ!」
『ちょっと待って…それいつの話…え…まさか…。』
「うるさい、離せよっ!」
『智くんっ。』
「離せっ!」
『やだっ‼』
睨み上げると同じように睨みつけてくる。
何だって俺がこんな事っ!
「離せよっ!」
グイッ…
「やっ…んんっ!」
『くちゅーっ!』
このっ!
ヤダっ!
『クチュー、クチュー…。』
強い力で押さえつけられたまま、問答無用で口づけを繰り返されていた。
視界が滲む。
やがて…力が抜けていた。
『智くん…。』
「やだっ…こんな…なんでっ…。」
『智くん…信じて…俺、彼女なんていないよ。』
必死に言い募ってくる。
でも、俺は見たんだ。
「嘘つき…嫌い…。」
『!』
「もう離せよっ…んっ…。」
なんでっ!
ごまかすみたいに口づけられていた。
腹が立つ。
いっそうの事全力で押しのければいいんだ。
『クチュークチュ―。』
あ/////っ。
だが俺は…
翔くんを押しのけようと上げた手は力が入らないままだった。