ある破壊神は、多くの人の前で宣言した。「いつか人間は滅びを迎える。だから今滅びても構わない。だから、私が人を滅ぼす」と。そのあと、ある破壊神は存在する兵器を用いて、人を滅ぼすための行動を始めた。人の手で不幸を生む世界を滅ぼしたかった。
その破壊神の前に一人の研究者が邪魔をした。研究者は言った。「地球上で生活する限りいずれ人間が滅びることは決まっている。自然の理解が深まっても、素晴らしい技術を発明しても、人の自己満足だろう。その自己満足がよい」と。
破壊神は言った。「自己満足では駄目だ。自己満足だけでは苦しむ人を救えない」と。
研究者は言った。「人は自己満足で人生を楽しむ。その自己満足の人生によって苦しむ人も救えるはずだ。自己満足によって人が作る人生は豊かになる。その人生によって満足して生活できる人が少しでも多くいることを重要だと思うからだ」と。
破壊神は研究者に言った。「人が人生を楽しめずに満足して生活できなければ滅びてもよいか。苦しむ人を救うことなど人には不可能だ。人は人を不幸にする」と。
研究者は破壊神に言った。「あなたは勘違いしている。人は死によって満足を求めるのではなく、生によって満足を求めたいと望んでいる」と。
破壊神は研究者に言った。「それでも誰かが人を滅ぼす必要はないか」と。
苛立つ研究者は破壊神に提案した。「誰かが人を滅ぼす必要はない。人が滅びを迎えるときは、そのとき生きる人が考えればよい。人の生のために何を破壊すればよいか」と。
注意:作り話より。
◆解説
人は誰かの手で消滅するのではなく、必死に抗って生きた上で消滅するべきだ。
結果論で言えば、結局消滅するから、人の行動は意味がないので人がいつ消滅しても問題ない。人の活動がなかったかのように宇宙は変化するだろう。人が地球上で生きる限り、滅びを避けられないからだ。その理由は太陽に寿命があるからだ。いずれ何もなかったのと同じように人は消える。どのような技術を開発しても、どれぐらい自然への理解を深めても、消滅する。消滅するから意味がない。人がどのように消滅しても問題ない。
しかし、過程を大切にしたいなら、多くの人が人生を楽しむ生活を大切にするために消滅を避けたい。これから少なくとも20億人以上の人々が生まれて地球上で生活するだろう。これから生まれる人が人生を楽しむ時間を無駄だったと思えない。この世界に生まれて生きる喜びを体験できる事実を尊いと思う。人生を楽しむから、他の人にも人生を楽しんで欲しいと願う。人の文明が消滅しても、多くの人が楽しんだ人生は無意味ではない。
そのために、人が地球上で滅んでもよいと思えないような人生の工夫をしてきたはずだ。人は地球上で言葉や技術や娯楽を作り、文明を作った。その行動に習えば、人を滅ぼす方法を考えるよりも人生を楽しむ方法を考えたほうがよい。また、生きることが苦しくても悲しくても、最後に人生を楽しかったと思えたらよい。そのために楽しむ工夫が必要だ。つまり、人は滅びても人の文明よりも発展した文明が地球上で誕生しないと自負する。
遠い未来に人が滅びるならば、それ以前に誰かの手によって滅びてもよいだろうか。
希記より。