キーホルダーがない。お気に入りのだったのに。何処に落としたんだろう。悲しい。

 蝉の鳴き声もしない。そんな都会の中の小道に私は1人、彷徨っていた。

 夏、暑い日が続いている。今日は風が吹いていてある程度涼しいが、どうしても太陽の視線は強かった。紫外線は私の肌を突き刺してくる。ビル群の中、普段あんまり行かない都会に私はいた。

「あちち」

 半袖シャツと色の薄いジーパン。グッと上げた髪の毛はポニーテールに結び、オレンジのトートバッグにはウサギのキーホルダーがついている。それはそれは可愛いウサギさん。真っ白のふわふわの毛と赤い瞳。甥っ子が修学旅行でお土産だとくれたやつ。気に入っている。どのカバンにも付け替えるようにしていた。なんでか分からないけど、常に一緒にいようとしていた。

「なんでだろう」

 指でツンツン突きながら言葉が口から溢れる。別に仲の良い甥っ子って訳でもないんだけど。これを貰ってからなんだか運がいい気がする。音楽を聴きながら私は歩いていた。風が吹いているといっても、夏の外はしんどい。早く目的地に行かなくては。ケータイのマップを見ながら歩いていく。目指せ!美味しいプリン。私はプリンに目がなかった。

 ここを曲がればカフェらしい。丁度影になっているみたいで、最悪並ぶとなっても大丈夫だろう。ふふふ、プリン。

 ネットで見つけた時から楽しみにしていたプリン。嬉しいなぁ、なんて思いながら角を曲がった。

「おっと」

 並んでいる。これはこれは。ボードを見ると10組待ち。予想外に多い。けど、私のプリン愛を舐めてもらっては困る。自分の名前をボードに書き込み、私は待つことにした。店員さんに聞くと90分制らしい。1時間くらい待つのかな?最悪2時間?周りを見渡すとカップルばかり。ここで1人で待つのか。私は自分の服装を見た。半袖シャツと色の薄いジーパン。別に悪くないけど、なんだかね。オレンジのトートバッグに手をやる。ケータイ、充電もうないんだよね。音楽聞いて充電消費するのは得策じゃないんだよな。

 周り楽しそうな中、ケータイも見ず立って待つのか。ちょっとだけため息をついた。

 ふと、カバンの持ち手を見た。あれ?ウサギがいない。あれ?さっきまで居たくない?

「え」

 私のウサギが居ない。パッときた道を振り返るが近くにウサギは落ちてないようだった。

「えぇ」

 私はボードを再度見た。私の名前は10番目。間に合うかしら。でも。

「私のウサギさん」

 見つけてあげなければ。私は後ろ髪を引かれながら、ウサギを探す旅に出かけるのであった。


 探す旅って言っても、来た道を戻るくらいなんだけどね。私はちょっとだけ恥ずかしい。キーホルダーくらいで何をそんな慌てて。少し顔に手を当てた。やだやだ、恥ずかしい。確か、駅出てすぐにキーホルダーを触った筈だから、近くに落ちてるはず。すぐ見つかるだろう、と気軽に考えていた。

「あついぃ」

 しぬぅ。残念ながら、うまくいかなかった。さっきまで吹いていた風は何処に行ったのやら、アスファルトを太陽は焼いている。私はその上でまるで目玉焼きのように焼かれていた。生卵は火が入ると元には戻らない。私はゆで卵にならないように、影を見つけたら小走りで向かった。こんなんではキーホルダー見つかる訳ない。私は太陽を恨んだ。

 影を探して歩いていたら、小道を見つけた。絶対にこんな道に行きは通っていない。私はウサギを探さないといけないのに、何してんだろうと影の小道を歩きながら思った。全く全く。でもこの小道はよかった。微かな風の流れを感じる。まるで木陰のよう。私は導かれるように歩き続けた。


 小道を抜けると、そこは神社でした。こんなところに神社ですって。まるで小説。迷い込んじゃったみたいだった。赤い鳥居が控えめにある。手水舎の水が枯れていたので、カバンに入っていたペットボトルの水でなんとなく手を濡らした。パッパッと水を飛ばし、鳥居をくぐった。小さな社に財布から10円取り出し投げ入れた。

「5円ないけど。まぁ、10円でも十分な幸せってことで」

 手を2回鳴らして目を瞑った。

「美味しいプリン食べれますように」

 頭を下げて、鳥居をくぐって出た。間違えた。プリンじゃなくて、キーホルダー。探してたんだったっけ。でも。でも、なんだかもういいかもしれない。ケータイを見たら40分くらい経っていた。10組くらいもう過ぎてるかもしれない。

 私は背筋を伸ばした。可哀想だけど、さようなら。ウサギさん。私はプリンを食べにいくよ。甥っ子にはまた貰えばいいか。どうせ、4年後にはまた修学旅行がある。なんか貰えるだろう。


 私はまた小道を歩き始めた。社の両側に座る狛犬がウサギであったことに気づかずに。なんだか、思っていたよりこの小道は長かったみたい。私はまだ小道にいる。