バスなんて嫌いだ。こっちとら調べてバス停にいるのに、AだかBだか知らないが59番線のバスがどちらにもあるのは、ふざけてないか?

 私は現在進行形で迷子だった。

 だってだって、私が悪いのか。来たバスに乗っただけなのに、なんで逆方向なの。おかしくない?私はちゃんと確認してるもん。

 すぐ降りて、聞いて逆の乗り場に走っていく。右か左か。どっちにあるんだ、バス停。ケータイを取り出し、電話をかけた。私は16時までに到着しないといけなかった。

「すいません、20分遅刻します!」

 走れ私。雨が降り始めていた。


 私はもうすぐ引っ越しをする。転職をして、今のとこからは遠いから引っ越しをするんだけど、今私は契約書を見て震えていた。お、なんだと。退去届を2ヶ月前には出さないといけないらしい。もう1ヶ月後には新しいところに引っ越しをする。荷物を運ぶ業者も手配済みだし、重なりすぎたらお金がいくらあっても足りない。家賃だってバカにならない。私は管理会社に電話をした。

「すいません、引っ越ししようとしていて、退去届を出したいんですけど今出したらどうなりますかね?」

「明日までにこちらに届くようにしてもらわないと、もう1ヶ月家賃をもらうことになりますね」

 なんてこと。今日は29日、明日は30日。明後日1日。やばい。どうしましょう。

「分かりました、出します」

 はい、お願いしますと電話が落ちた。さあ、出さないと。出すところはここか?家主の住所を確認し、封筒に書く。シールを外し、封をとじた。

 家から飛び出す。今は13時半くらい。15時には閉じちゃうんだっけ。焦っていた。まだちゃんとヤバさを理解していなかった。

 走る走る。まるで風のよう。おばあちゃんを追い抜かし、自転車に追い抜かれ、この角を曲がれば郵便局。しかし、なんということでしょう。閉まっていた。およよ?おっかしいな。今日何曜日?あぁ。

「そっか、今日土曜日」

 膝から崩れ落ちる。ここで私は思い出す。今日は土曜日。明日は日曜日だ。なんということ。私はこの退去届を明日までに出さないといけないのに、出せないではないか。私はケータイを取り出した。

「すみません、直接渡しに行ってもいいですか?」

 こうして、私の冒険が始まったのである。


 冒頭に戻る。私は困っていた。20分遅れると伝えたのに、乗るバスが来ない。これはまさか20分では収まらないのでは。えー、まじか。また電話しないといけないの?やだやだ、もうやだ。管理会社の人に嫌がられるかもしれない。そんな時だった。

「どこまで行かれるんですか?」

 え、聖母?素敵なおばあさまが話しかけてくれた。泣いちゃう。

「ここまで行きたいんですけど」

「あぁ、これなら59番線以外ならどれでもいいですよ」

 な、なんだと。私は59番線に乗る予定だったんですが。

「ありがとうございます」

 ケータイマップはクソ喰らえだわ。本当に。私は聖母と共にバスに乗り込んだ。


 ここからはスムーズだった。雨がパラパラ降っている中、流れるように管理会社まで着き、ピンポーンと鳴らし、どうぞと言われるが何かをミスって扉が開かず、どうしたどうしたと出てきてもらった。

「もっと早く連絡をくれてたら、わざわざ来てもらわなくてもよかったのに。私は別にいいですけど」

 なんて言われながら、提出を済ませ管理会社から出た。雨がしっかり降り始めている。嫌だな、私傘持ってないのに。今日雨予報だったみたい。私は天気予報、見ない派である。よく晴れていたのに、悲しいことだ。私は小走りでカフェに入った。雨宿りのつもりだった。コーヒーを飲みながら外を見る。全然止みそうにない。えー、金欠なのに。傘買うの?マジありえないんだけど。ため息を吐きながら、コーヒーをカップの中で回した。


「ありがとうございましたー」

 コンビニで傘を買った。黒い大きな傘。買うならずっと使える高い方を買った。金欠なのに。でも、なんだか強くなった気分。これでバス分歩いて行こうかしら。もうバスになんて乗りたくなかった。1時間でも2時間でも歩いてやりますよ。だってだって、どこに連れて行かれるか分かったもんじゃない。確実に帰るためには歩いたほうがいいに決まっている。

 もう、バスなんてクソ喰らえだ。私の冒険はあと1時間ぐらい続いていく。雨が降る中、私はイヤホンから流れる音楽に身を委ねながら歩いて行った。まだまだ、雨は止む気配がない。