冷めてしまったコーヒー。私は台所に流した。困る、困るんだよな。コップに保温機能とかないと困るんだよ。とか、独り言を呟く。洗い場には今日の晩御飯を食べた後の食器がそのままになっていた。


 私は癒しカテゴリーの配信者である。コーヒーを飲みながら声のトーンをワントーン上げて「来てくれてありがとう(キラキラ)」みたいな感じの配信者、だった。今は違うけど。なんだけど、なぜかそれ関係なく白米さんはオモカテですよと言われた。今ですか。すごく安定しだした私がオモカテですか。オモカテというのはおもしろカテゴリーの略である。

「嘘だー!」

 どこら辺が、オモカテですか!私のどこが!なんて荒れてしまった。wwなんて草生やさないでください、なんて配信中に言う。

『白米さんは僕にとってオモカテですよ』

「どこがですか」

 私は他のオモカテさんを知らないから、なんとも比べられない。でも、私はいつもコーヒーを飲みながら「お疲れ様ー、今日も元気?」とか言っているただの配信者だ。別に面白いことなんて言ってない。

『なんだろうな、理由は特にないんですけど』

「まさか、トイレが詰まったり、炊飯器が壊れたりするところですか?」

 そんなこともありましたねww、とか画面の向こう側で笑っているだろうラーメンさん。呪われているんじゃないですか?とか言って一緒に対処方法考えた仲じゃないですか!なんて言いながらコーヒーを飲む。いやいや、そんなことみんなもあるでしょ。とか言うと『どれのこと?』と聞かれる。

「いやいや、トイレとか。詰まるでしょ、定期的に」

『詰まらないよ!』

 なんで!みんななんで笑っているの?戸惑いを隠せない。私の家では常に常備していますよ、すっぽん。おかしいなぁとか呟いた。ここで新規さんが『初見です、こんばんは』とコメントをしてくれる。

「こんばんは、初見さん。えっと、桜餅さんですね、私、白米って言います。ゆっくりしてってくださいね」

 まずは自己紹介をする。

「社会人5年目、好きな食べ物は米です。よければ桜餅さんのことも教えてくださいね!」

 ここまで言って気がつく。『もういないね、早い!』ほんとね!

 でも、仕方ない。難しいのよ。フォロワーはなかなか増えないし、連続で聴きに来てくれる人も少ない。なんなら挨拶をせずに消えちゃう通称「流れ星」もいる。仕方ない、声でつながるアプリの宿命である。

『僕、白米さんの声いいと思いますけどね』

 あなたぐらいですよ、長時間いてくれるのは。そう思って「あ、ありがとうございます」とか、少し照れながら画面を触った。コメントを遡る。今日はもう1時間たったんですね。『早い!』ですねー。どうしましょうね、何時まで配信しましょう?とか言う。

「ラーメンさんの今日の晩御飯はなんですか?」

『僕はちゃんぽんです』

 ほうほう、ちゃんぽんですか。いいですね。『白米さんは?』私はレンチンうどんです。『白米さん、ちゃんと食べないといけないですよ』えへへと笑った。レンチンうどん、楽でいいですよ。美味しいし、簡単です。『でしょうね』そうなんですよ。私は力説する。

「レンチンうどんはバターにも醤油にも、ドレッシングにも合うんですよ。最強でしょ!」

『そんなのばっか食べてると、病気になりますよ!』

 まだ、病気になってないからいいんです!と反論する。でも、もう少しで健康診断の時期であったりする。

「そうですね、健康診断の前日ぐらいは野菜食べようかな」

『白米さんの野菜って、サラダに納豆かけたやつでしょ。ダメですよあんなの』

 餌です。これは彼氏の言葉。優しいラーメンさんはここまで言わない。『それだけしか食べないのなら、偏ってるんですよ。栄養が』栄養ねぇ、まだいいですよ。『まだいいとは』やめてください!私をいじめないで!と叫んだ。

 机の上に置いてあるケータイに叫んでいる私はちょっとおかしく見えるかもしれない。でもこれが楽しいの、仕方ない。まだ風呂には入れてないし、食器だって洗えてない。当然、明日の準備も配信が終わってからやるつもり。何時までしよう。ラーメンさんは何時までいてくれるんだろう。

『今日は、明日の準備があるので落ちますね。白米さんもちゃんと風呂入って寝てくださいね、布団で』

 よくわかってらっしゃる。「了解です」と答えて、いつものセリフを言う。

「今日も来てくれてありがとう。明日もするつもりだから、また来てくださいね。ではでは白米でした」


 またねと言いながら、配信を切る。私はクッションに沈み込むと足をパタパタと暴れさせた。風呂か、いやだな。あと2分はこのままがいいなぁ。そんなことを考えていた。深夜もうすぐ1時。夜はあっという間に朝になってしまう。

 明日は仕事だ。私はため息を吐いた。