空からお金が降ってきたらいいのに。お金を埋めたらお金のなる木が生えないかな。風が吹いたら桶屋が儲かるというけれど、私が舞い踊ったら何処が儲かるのだろう。私というお金のなる木は誰のものなんだろう。悲しいかな、私は私の木じゃないんだ。そこまで考えていた時に、幕が上がった。思考は一時停止する。


 楽にお金が欲しかった。街で声をかけられた時、私はお金に困っていた。壁にもたれかかりながら、ケータイで簡単に稼げる仕事を調べていたときに声をかけられた。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。私に声をかけてきた人は「そのような存在にあなたはなれます!私があなたをそうしてみせます!」と私に向かって言った。宣言した。

「無理です」

「いや、あなたは原石です。磨けばきっとダイヤモンドになれます」

 私はダイヤモンドになりたいわけではなかった。そう、私はダイヤモンドが欲しかった。けれどその人は、あなたが歌って踊って笑ったら、その分あなたの手の中に抱え切れないダイヤモンドが入ってくるようになります。私と頑張ってみませんか?と言った。ダイヤモンドはどれくらいのお金になるだろう。私はその人からもらった名刺を眺めた。アイドルプロジェクト。最も私から遠い世界のお誘いだった。

 私はアイドルになった。正しくは地下アイドル。暗闇でスポットライトを浴びながら、踊ったり歌ったり、笑ったりする仕事。カラフルな衣装を着て、ファンと呼ばれる人たちに手を振って。たいしてうまくもなかった歌を練習して、踊れなかったダンスも次第に踊れるようになって。私は誰が見ても輝いて見えていた。努力家だと言われた。なぜかリーダーになった。好きでもない赤いリボンを頭につけ、武道館に行くと語った。武道館とは何か知らないのに。私は黙々と仕事をこなしていた。どんどん暗闇に落ちているような、スポットライトに照らされた悪夢のような日々だった。


「リーダー、大丈夫?」

 桃色ピンク担当アイコが私の肩を触って心配そうにこちらを見つめる。私は右手を左手で押さえた。手が震えてる。下唇を噛んだ。幕が下がった後、私は舞台上で固まっていたみたいだった。汗だくだった体が嫌に冷めている。

「大丈夫。ごめんごめん、手が震えるぐらい今日のライブ、よかったのかな」

 私は自分でも分かるぐらいぎこちなく笑った。なんだろう、この寒気は。腕をさすりながら足元を見た。バミリが剥がれかけている。

「リーダー…」

 アイコは私の震える手を掴んだ。

「私は、リーダーが何を考えてるか分からないんだけどね。私はリーダーが好きだよ。武道館とか私、あんまり地下アイドルで目指せるなんて考えたことなんてなかった。無理だって思ってたけど、リーダーが目指すって言ったから行くんだって思えた」

 へにゃっと笑う。私を掴む手に力がこもる。

「リーダーが実は音楽聞かないことも知ってるし、武道館も、もしかしたら知らないんじゃないかって思ってる。でも、リーダーとして真面目に仕事をしている姿はかっこいいよ」

 私なんかよりスポットライトが似合うアイコ。なんだか、偽物の私と違う、本物のアイドル。私の手の中にはダイヤじゃなくて、炭が手のひらを黒く染める。そもそも私はお金の木になれてなかったのかもしれない。私には何もない。私に当たっていたスポットライトはバチンと落ちた。全てが嘘だった。