「あんまり難しく考えたらダメだよ」
彼はそうアイスコーヒーを飲みながら言った。店内は穏やかな音楽が流れている。私はコーヒーに伸ばしていた指を止めた。
「え?将来のことだから、考えるよ。当たり前でしょ?」
冗談ぽく言えただろうか。もしかしたら、震えていたかもしれない。下唇を少し噛んだ。
「とりあえず、転職活動頑張らないと。万が一、転職出来なかったら、もう少し頑張ってもらわないといけないし」
「あー、なるほど。転職うまくいかないと、同棲ルートもなしですか?」
まぁ、そうだねと笑う君。そうか、そうなのか。驚きを隠せなかった。フレンチトーストをナイフで一口大に切る。たっぷりの生クリームをフォークで付けて食べた。甘い。くそ甘い。あれ、おかしいな。一世一代の大告白だったのに、なかなかうまくいかないものだ。甘いものを食べすぎたのか、少し気持ち悪くなった。
「ずいぶん早いね、食べるの」
小首を傾げながら君は言う。呑気だ。私はこんなにも気分悪いのに。なんだこいつは。口をとんがらせながら、美味しいからねとぶっきらぼうに言った。彼はそうかそうかと私の言葉に納得したようだった。
私の人生ってなんなんだろう。家に帰って、ご飯食べて、風呂に入って。髪の毛を乾かしながら考えていた。一緒になりたいと思っているのは私だけなのかもしれない。少し虚しかった。
ドライヤーの電源を落とし、キッチンで水を入れた。転職活動の範囲だって結婚したいために狭めているのに。なんだなんだ、私だけが損している。一口水を飲む。いや、そんな風に考えてはいけない。そもそも、私がそうしたくてそうしているんだから、彼を責めてはいけない。私が悪いんだから。彼を言い訳にしてやりたいことに挑戦してない。いやいや、転職活動の地域を狭めているだけで、別にやりたいことを狭めているつもりはない。私は私でやりたいことをしているはず。自分に自信を持たないと。
ため息が出る。コップを簡単に洗って、そのままキッチンに置いて寝た。蛇口が緩いのか、ピチョンピチョンと水が溢れている。なんだかキッチンに戻りたくなくて、そのままにした。
「いらっしゃいませ!お一人様ですね」
私はまた、昨日と同じカフェに来ていた。フレンチトーストを食べたくて。たまたま同じ席が空いていた。窓辺の4人席。わざわざそこにした。お客さんも少なく、何も言われなかった。
私は昨日と同じ、フレンチトーストとブレンドコーヒーを頼んだ。
「こちらの商品、パンに液を染み込ませるのに、少しお時間頂きますがよろしいでしょうか?」
「大丈夫です、ゆっくりしているので」
店員はニコリと微笑んでメニュー表を持って去っていった。私はケータイを取り出し、求人を確認する。店内は穏やかな音楽が流れていた。外は秋らしく晴れていて、道を歩く人たちはなんとなく気持ちよさそうだった。先にコーヒーが届いた。ブレンドコーヒーのブラック。これも昨日と同じ。私は砂糖とミルクをたっぷりと入れた。甘いコーヒー。私は甘いコーヒーが苦手だった。水を飲みながらコーヒーを飲む。しばらくして、フレンチトーストが届いた。たっぷりの生クリームとメイプルシロップがかかっている。生唾を飲み込む。意を決してフォークを握った。
私は自分で選んでこれを食べてる。コーヒーだって自分で甘くした。好きでこれを食べてる。
もしかしたら異様に見えていたかもしれない。黙々と食べて、お会計をした。生クリームも残さず食べた。気持ち悪かった。だけど、これでよかった。家に早く帰ってトイレに行こう。私は足早に店を出た。まるで今から戦いに出る戦士のようだった。