クジラの心臓の音が水面を揺らす。この音だけが時間が過ぎた事を教えてくれるのだ。だが、ある時は間隔が狭く、またある時はいつになっても鳴らなかった。
ある時、瓦礫の山から子供にプレゼントするつもりだったのだろう、ラッピングされた動物の辞典が見つかった。あの子は今何をしているだろうか。もう随分と会っていない。表紙をあの子の頭を撫でるように触った。
拾って舟だった木片に腰掛ける。ゆっくりと破らないようにページをめくり眺めた。
「おや、クジラも載っているのか」
大きなクジラの絵が描かれていた。文字は水でふやけて、ところどころ読めない。絵を撫でた。息を吐く。パタンと閉じた辞典を抱きしめた。あの子を抱きしめるように。もう私は1人ではなかった。