令和6年4月28日(日)14:00〜、多摩市民館大ホールにて。


台本・演出/鄭義信
作曲・音楽監督/萩京子
美術 /池田ともゆき
衣裳 /宮本宣子
照明 /増田隆芳
振付 /伊藤多恵
擬闘 /栗原直樹
音響 /藤田赤目
舞台監督 /藤本典江
宣伝美術/小田善久(デザイン)、伊波二郎(イラスト)
主催/川崎・しんゆり芸術祭実行委員会
共催/川崎市、川崎市教育委員会

出演/
ベル:沖まどか
サラ:飯野薫
トーマス:髙野うるお
ルイ:島田大翼
オードリー:岡原真弓
ロシナンテ:武田茂
サンチョ:富山直人
サイモン:壹岐隆邦
ピアノ:大坪夕美


ものがたり/
1940年代フランスのいなか町。古い厩舎のある牧場で馬を飼って暮らす、トーマスとベルの父娘。馬は戦地へと駆り出され、もう何頭も残っていない。
ベルは学校が嫌いだ。自分らしくいることのできない学校になんか行きたくない、と、いつも厩で本を読んで過ごしている。大好きなのは「ドン・キホーテ」。 いつか自分は男になって世界を旅する騎士になることを夢みている。

大親友である馬のロシナンテが戦地へと送られる前にふたりで旅に出ようと、ベルはある夜こっそり家を抜け出そうとする。その時物音がし、厩の隅に隠れていた少女サラをみつける。サラは家族とはぐれ逃げ延びてきた、ユダヤ人だった。
サラから家族と離れ離れになってしまった経緯を聞いたベルは、サラに、「僕が君を守ってあげる」と約束する。笑顔を取り戻したサラ。
しかし、戦場と距離を隔てた町にも戦争の影は忍び寄って来る……。

片足が悪く兵士になることができない馬丁のルイ、過去を抱えパリから移り住んできたベルの担任のオードリー、ルイとは幼馴染の青年サイモン、そして厩舎で飼われる“馬”のロシナンテとサンチョ。
2匹の馬と、ある家族をとりまく物語。
(公式サイトより)




この作品を観るのは、2021年の初演を吉祥寺シアターで拝見して以来で、ツアー版となってから初めて。



この日は、川崎市北部で毎年開催されている芸術祭「アルテリッカしんゆり2024」の一環としての上演とのことで、駅にもホールにも市民のボランティアの方々が案内に立ってくださっていた。



記憶していたより20分ほど上演時間が短い気がするが、単なる記憶違いかもしれない。


物語は、ドイツ占領下のフランスで父と暮らすベルと逃げ込んできたユダヤ人の少女サラとの交流を軸に、周囲の人々(と馬たち)に起きた出来事を綴る。


絵本めいた導入やユーモラスな馬たちとのやり取りから一見楽しげに見えるけれど、その中で描かれるのは登場人物それぞれの傷と痛みだ。


ベルが学校に行けなくなった理由。サラの過ごしてきた過酷な日々。ルイの鬱屈と苦しみ。サイモンの闘い。オードリーの過去への葛藤。それでも、生きようとする人々。


否応なく戦地へ送られる馬たち。多くのものを失いながらも誠実であり続けようとするトーマス。


第二幕ではいくつもの悲劇が描かれていく。重い展開に何度も息を飲む。


困難はこの先も続くだろう。それでも、精一杯ベルを守ろうとする父の思いに、2度と会えないかもしれない人々と過ごした時間に、背を押されるように主人公は歌う。そして他の人々も。


戦争があり、世界の不均衡があり、消えない苦しみがある。それでも、私が私自身であるために立ち上がり戦わなくてはならない。ドン・キホーテにはなれなくても、どこかで私を待つ誰かのために。


人々の歌声は悲しみを超えて客席に響き渡る。この物語がオペラでなくてはならない理由がそこにあった。




終演後、キャストの皆さんがロビーで観客を見送ってくださった。


写真は、ルイ役の島田さんとサイモン役の壹岐さん。(ありがとうございました)


前半で描かれた幼馴染の2人の交流が微笑ましい分、なおさら後半の場面は胸が痛む。サイモンがあんなことにならなかったら、ルイの進む道も変わっていたはず……と思うとなおさら切ない。


会場にはご家族連れもたくさんいらっしゃっていて、子どもたちもこの物語を真剣に見つめていた。


理不尽なこの世界を、それでも前を向いて生きていく。そのための勇気を与えてくれる物語だったかもしれない。