『8PM短編作品集』
「アートにエールを!東京プロジェクト(個人型)」参加作品
団体名:8PM
公開日:2020年7月8日
部門:02演劇


『もしも花粉症が気持ちの問題で完治するのであれば、或いは』

作・演出/鈴木雄太(8割世界)
出演/横尾下下、井上ほたてひも、廣瀬響乃(以上、ポップンマッシュルームチキン野郎)

『ゴールデンタイム』
作・演出/中嶋康太(Mrs.fictions)
出演/野口オリジナル、前原一友(以上、ポップンマッシュルームチキン野郎)

 『ルル』
作・演出/小岩崎小恵(ポップンマッシュルームチキン野郎) 
出演/増田赤カブト、廣瀬響乃(以上、ポップンマッシュルームチキン野郎) 

編集/登紀子(アイビス・プラネット)



8PMとは、「アートにエールを!」への参加作品創作のために結成された演劇ユニット。

……というか、まずは「アートにエールを!」について簡単に説明すると、東京都の芸術文化活動支援事業のひとつで「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に伴い、活動を自粛せざるを得ないプロのアーティストやスタッフ等が制作した作品をWeb上に掲載・発信する機会を設けることにより、アーティスト等の活動を支援するとともに、在宅でも都民が芸術文化に触れられる機会を提供するもの」というようなことらしい。

で、8PM。

ポップンマッシュルームチキン野郎の役者さんたちと、8割世界の鈴木雄太さん、Mrs.fictionsの中嶋康太さん、ポップンマッシュルームチキン野郎の小岩崎小恵さんが脚本、アイビス・プラネットの登紀子さんが編集(とたぶんプロデュース)として参加なさっている。

参加アーティストの所属(8割世界、ポップンマッシュルームチキン野郎、Mrs.fictions)のイニシャルを取った名称との説明があったけど、同時にこの短編集のテーマにもなっている。3つの短編すべて午後8時に家族そろって「いただきます!」を言う物語なのだ。

ある台詞が共通して使われていたりもして、いい感じに連作短編集としてつながっている。こういう枠組をどなたが考えたのかという辺りも気になったりする。


『もしも花粉症が気持ちの問題で完治するのであれば、或いは』

奇病にかかった母のために奮闘する父と娘。不可思議な設定とそれを乗り越えるためのささやかな希望。父と娘の奮闘の向こうに明るくて優しい「お母さん」の姿が浮かんでくる。

横尾さんのコミカルな中にある種の哀愁を感じさせるたたずまい。廣瀬さんの見せる真っ直ぐな愛情。父と娘以外の役を大忙しで演じる井上さんのチャーミングさ。それぞれの持ち味を生かした笑いの中に人が人を思う気持ちが温かく溢れていた。


『ゴールデンタイム』

画面越しに「いただきます」と言葉を交わすサラリーマン風の男と暗い雰囲気の青年。サラリーマンは青年を「弟くん」と呼ぶ。素っ気なくぎこちないやり取りの繰り返しで日々が過ぎる中、ある夜いつもと違うことが起きて……。

亡き人を通じて家族となった2人のささやかな交流ににじむ互いへの思いやり。不器用ながらも言葉を紡ぎ続けようとする義弟を丁重に演じる野口さん。先に行った(あるいは逝った)人にもいつかまた会える、と言われてそっと指輪に触れる義兄役の前原さんの仕草。

中嶋さんの描く人と人とのつながりは、どうしていつもこんなに優しいのだろう。台詞ひとつひとつの繊細なタイミングや細やかな表情の変化が物語に美しい陰影を与えていた。

あと、こういうお題の決まった場面で見せる中嶋康太さんの、なんていうか直球ど真ん中で三振の山を築くような豪腕ぶりに毎度惚れ惚れする(わかりにくい例えでゴメンなさい)。


『ルル』

ある姉妹のテレビ電話での会話。妹のさりげない寂しさを頼もしく救い上げる姉が素敵。ともに過ごしてきた時間を感じさせる会話や幼い妹がギュッと握ってくれた手の温もりに家族であることの大切さが感じられた。

増田赤カブトさんのおおらかな優しさと廣瀬響乃さんの人恋しさ、画面越しでも感じられる姉妹のつながり、画面から消えた姉に向かって妹の放つひと言が柔らかい余韻を残した。


この『8PM短編作品集』と同じく登紀子さんのプロデュースでポップンマッシュルームチキン野郎の役者さんたちが出演なさる『リモート短編集ナチュラルボーン』という作品も「アートにエールを!」に参加している。

併せて観ていてふと思った。両作品に収録されているどの短編も大切な人や何かを喪った(あるいは喪うかもしれない)ことについて描かれているのは、偶然ではないのかもしれない、と。

一昨日『ウルトラマンZ』を観ていたら、ポップンマッシュルームチキン野郎主宰の吹原幸太さんがご出演されていた。今年5月半ばに急逝された吹原さんは『ウルトラマンZ』の構成とメインライターで、ときおりご出演もされるなど、このシリーズに深く関わってらっしゃったのだ。

6月に予定されていたポップンマッシュルームチキン野郎の公演が新型感染症の流行により中止となったため、劇団でこの「アートにエールを!」に参加しようと決めたのは吹原さんだったらしい。ご存命であれば当然脚本もお書きになったはずだ。

代わりに劇団と交流のあった作家陣や登紀子さん、平野勲人さんらが加わって、「アートにエールを!」参加作品を作られたのだろう。

短編はどれも今回のために書き下ろされた新作とのことで、ここで描かれる大切な人への想いと吹原さんのことを重ねずにはいられない。

それが当たっているかどうかは別として、短い時間ながら観てよかったと思える素敵な作品集に仕上がっているので、ぜひ。

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