磔刑(はりつけ)

   
 「のろく燃える(生ま木の)火で焼いても魔女に対する罰としては十分ではない。
 地獄で待っている永遠の劫火を思えば、この世の火は、魔女が死ぬまでの、半時間以上は焼かないのだから。―魔女を火刑にしない裁判官は、裁判官自身が身を焼かれるべきである。―」(当時のフランス一流の進歩的な社会思想家、政治家、パリ高等法員の一員ジャン・ボダンの「悪魔崇拝」1580年より)

 

 以上の一文は15~17世紀ごろ西欧キリスト教国に荒れ狂った「魔女狩りについて執筆した森島垣雄氏の一文である。似たような刑が日本の〝火炙り刑〟である。


 ―最初に「引廻し」がおこなわれる。読者は「市中引廻しのうえ……」という文言を聞いたことがあると思う。この刑は「火炙りの刑」「鋸引き」「晒」(さらし)「磔刑」などの属刑(付加刑)である。この刑は、犯罪者の哀れな末路を一般大衆にみせようとして見物させ、防犯に殺立てようとしたものと考えられるが、今でいう「○○パレード」などに似ている。


  「引廻し」は、①「五箇所引まわし」 ②「江戸市中引きまわし」の二通りがあり、①は日本橋、両国橋、筋違橋(今の万世橋)、四谷御門、赤坂御門の順路を経て刑場にいき(捨て札も5か所と刑場)②は目貫の大通りを通って刑場へ行く。(捨て札は刑場のみ)
 引まわしの行列には非人5人が六尺棒を持って先行、ついで幟旗持ち(非人)が手代2人とつづく。この幟旗には「罪状」を記し処刑後の刑場に3日間たてる。
 次に幅6沢、高さ1尺の捨札を非人が持つ。捨て札は刑場に30日間さらす。白衣帯刀の矢の者2名が技身の朱槍をかつぎ、手代2名がつづく。次に処刑される囚人が白衣の姿で裸馬に乗せられ、牢内で飯粒と紙こよりで作った白珠数を首にかけている。
 馬の口取りの非人が1名。介添え非人が左右に1名ずつと後方がつきそう。次に矢の者4名のうち2名が突棒、刺又をかついでつづき、馬上の検視投与力正副2名が陣笠、ぶっさき羽織、野袴で行進する。持槍かつぎの小物2名、挟み箱担ぎ2名 左右に侍が2名、馬の口取り下男2名、同心4名、当代弾左衛門、手代、非人頭車善七、取扱いの下働きの非人6名がつづく。
 したがっておおよそ5~60名の行列である。
 「引廻し」の罪人が病気、その他の理由により馬上にたえられぬ場合は、「曲禄」を馬の背にあて、罪人をそれに寄りかからせる。 


(さしずめアメリカ映画「エル・シド」監督アンソニー・マン、主演チャールトン・ヘストン、ソフィア、ローレン。ムーア人の侵略により滅亡に瀕し11世紀のスペイン。 祖国の危機を知って追放先から戻ったエル・シドは胸に矢を受け、ついに死を迎える。歓喜の声を上げるムーア人に向って、一頭の馬が突進する。馬上には「曲禄」に寄りかかったエル・シドの雄姿があった。1961年)

 死刑囚には、お上の慈悲で、なるべく本人の望みをかなえさせてやるという幕府の方針があったので、いよいよこの世の見納めとなる「引廻し」に、悪党づれした者がおり、いろいろ勝手な申し出があり、「酒を飲ませろ」、「いやそばを食わせろ」「あそこの餅菓子が食べたい」などとの願いがしきりであり、いつの頃からかどんな要求も一切断ることに方針を改めた。

 

 とにかく、行列は、牢屋敷裏門から出発、引廻しに限り、好みの衣類(手持ちのうち)を着ることが許された。囚人は刑場に到着すると非人6人によって馬から下され、「罪木」へ仰向けにねかされ、両足を左右の横木に結びつけ、2人づつ左右にまわり、上腕を横木にしばりつけ、
囚人の衣類を左右袖脇下より腰のあたりまで切り裂き、胸間に左右より巻きつけ三か所ほど縄でイボ結びとする。胸縄、タスキ縄を掛け、手伝い人足十余人で罪木を起こし、3尺程の穴を掘って罪木を埋め、周囲を突き固めて検視与力にその旨言上する。
 

 検視は同心に命じ、同心は囚人の姓名を呼んで名を確認する。
 検視は弾左衛門(または手代)に指図し、処刑開始。すなわち、突手非人6人、白衣、股引、脚袢、尻端折でタスキ掛けの突手2人が槍をとって左右にわかれ、囚人の眼前に鉾を交差させる。(見せ槍)突手は囚人より正面2尺程後走り、「アリヤ~~~アリヤ~~~」と声をかけながら、素突をこころみる。そして槍を引き、もう一方の一人が体をかまえて、囚人の左の脇腹より肩先まで貫き、矛先が一尺ほど出ると、ひとひねりひねって槍を抜く。流血が柄に伝わらないようにするのだ。その槍を抜くと反対側より同じようにつく。付くたびに槍の血を藁で拭ってそれぞれ20回から30回突く。鮮血がほとばしり生前に食べた食べ物も流れ出る。

 

 弾左衛門は死体をあらため検視に伺って突手に命じ、のどを右側より貫く。とどめの槍である。検視はこの死体を柱にかけたままのぼりや捨て札などを三日二夜そのままにさらしておく。三日ののち非人が死体を穴に放り込んで片づける。
 なお、「引廻し」の時に担いで歩く朱槍は南北両奉行所所有のものであり「磔」の処刑には使用しない。

㊟文中、「非人」「エタ」等、現在は〝差別用語〟として使用を自粛すべきであるが、正確を期すためあえて使用している。

                                            つづく