●映画『セブンス・コンチネント』に学ぶ

 

ミヒャエル・ハネケ監督映画『セブンス・コンチネント』でお父さん、お母さん、娘の三人家族が部屋中を破壊しまくる。清掃本能の強い人ならあの気持ちはよくわかる。

レコードを一枚ずつ折って割っていく。洋服のボタンを吹っ飛ばして破り、ハサミで切り裂く。本や雑誌を破って壊す。ます初めに壊すことによってものの価値は一瞬にして失われ、価値をもっていた実用品が無価値なゴミへと変身し、もう後には戻れず、捨てるしか選択肢がなくなる。

人にあげようか、どこかに売ろうかなどと余計なことを考える精神的負担が一瞬にして消え、スッキリする。

捨てようかな、という考えが芽生えたら、まず破壊すれば捨てるしかなくなる。後に戻れない。迷いがない。

大量にたまったCDやDVDを整理する時、まずは盤面にハサミで傷をつけてしまえば全てが終わり、スッキリする。もう捨てるしかない。

中古屋にもっていったら一枚五百円になるが、池袋まで行くのが面倒くさい。かといって近所だと二百円にしかならない。池袋まで行っても査定が済むまで一時間半待たされる。混んでいたらまた翌日に取りに行かなければならない。そういう面倒くさい精神的重荷がCDに傷をつけた瞬間に吹っ飛ぶ。

捨てるとは気持ちのいいことだ。

写真や書類もまずは修復不能なほどに破ってしまえば捨てるしかなくなる。破って生ゴミに混ぜてしまえば後悔はない。

『セブンス・コンチネント』の三人家族はお金を破いてトイレに流してしまう。思い出のつまったアルバムを一ページずつ破っていき、写真も破る。ハンマーで水槽もテレビも棚も何もかもぶち壊していく。

あんなに急いで激しくないが、私と同じことをしている。世界中にもたない男はいる。

気持ちがよくわかる。

私は親戚の相続放棄はしたが、お金を捨てたことはこれまでに一度もない。映画に出てくる三人家族のようにいさぎよくなれないのは、捨て去るエネルギーが違う。三人家族は破壊した後心中する。

捨てるところに共感した。三人はきっとストレスが溜まっていたのだろう。

ものを捨てるとストレスは確実に減る。ものもストレスも溜めるべきではない。

ものをもたないと楽になる。ストレスが溜まるとものを捨てたくなる。捨てれば捨てるほど楽になる。

ものを一つ所有すると、頭の中に所有の記憶と責任が一つ増える。責任はストレスだ。

ものを捨てれば、覚えておかなければならないものが減る。

たくさんものを捨てるとスッキリする。

捨てるというのは気持ちがいい。

お金以外、必要なものはあまりない。なくてもなんとかやっていける。

みんな捨ててしまって、楽になりたい。そこらへんを歩いている猫は何ももっていないが、かわいい健康な顔をしている。ものが少なくてもやっていけるはずだ。

破壊し尽くした三人家族の部屋はゴミだらけとなった。

ゴミを残すべきではない。三人が死んでも誰かが後片づけをしなければならない。

私なら、残された人とも決別する。遺体の処理を含めて後の人にはできるだけ仕事をさせないほうが気が楽になる。破壊したそばからゴミをさらにできるだけ小さくし、燃えるゴミと燃えないゴミとプラスチックゴミと電気製品とに分け、四五リットルのゴミ袋に入れ、口を閉じた袋を部屋の隅から並べ、部屋を散らかさないまま、きちんと曜日を守ってゴミの日に出していく。

日本ではゴミの量に限度があってあまりにも多い場合は、事前にクリーンセンターに相談しなければならないというルールがある。最後にこの世のルールを守ってスッキリこの世と決別する。

テレビは地デジ対応のまだ古くないものだったらリサイクルショップが数百円から千五百円程度で買ってくれる。

五年以上経って古くなったものは電気屋さんが有料で引き取る。エアコンはそのままつけておいてもいい場合があるが、処分するならリサイクル法によって有料処分となる。冷蔵庫とエアコンは有料で電気屋さんに引き取ってもらうことになることが多い。

パソコンはパソコンリサイクルセンターに郵送して処分する。パソコンとテレビは買い替える時に電気店が一台のみ無料で引き取ってくれたこともあった。

水槽に泳いでいる魚は近所の池か川に流す。たくさん流すと苦情が出る。

リサイクルショップと交渉するのが面倒だから大きなゴミはクリーンセンターに電話して粗大ゴミに出す。

リサイクルショップは不用品の引き取りを拒否することが多く、せっかくもち込んでも有料処分になることがある。売れたとしても数百円ということが多い。時間や手間や精神的負担を考えると、粗大ゴミ一つにつき五百円か千円を払ってしまい、一回でスッキリしたほうが得策といえる。

そして何もなくなった家を売り、お金はキャッシュカード一枚にまとめ、お金が尽きるまで旅暮らしをすればよかったのにと映画をみて思った。

ものを捨てるキャリアが長いので、私はかなりアドバイスができるようになった。『セブンス・コンチネント』の家族にはよりよい処分法を考える精神的余裕がなかった。でも気持ちよいぐらいに破壊していた。あれをやるとどんどん楽になる。

あのように急いで激しくぶっ壊したのは、一刻も早くこの世のしがらみから解放されたかったのかもしれない。