ニュースをみただけではまだはっきりしない。

●資金は税務調査で知り合った女性からもらった1億5000万円。

●3年間での収支。

●賭けた舟券代は8億6000万円。これは当りはずれを繰り返していたということだろう。当たったお金もまた賭けていた。

●払戻金合計は3年間で3憶3000万円。

●所得税を1億3500万円脱税

●25歳の税務署員。

●8億6000万円賭けて3億3000万円の払い戻しを受けているのでマイナス5億3000万円。

●税務調査対象だった高齢女性からお小遣いと交通費として合計1億5000万円もらって競艇をやっていた。

●「一生かけてでも高齢女性に1億5000万円を返す」と言っているから本人はお金持ちではない。

●専門家によると実刑判決を受けて3年から5年刑務所に行く事になりそう。

●計算が合わないのはまだ自白していないだけで、他にもあるということだろうか?

●8憶6000万円賭けて3億3000万円の払い戻しなので5億3000万円の負けなのに1億3500万円の所得税がかかるということは、1レースで50万円以上勝ったレースの払戻金だけに一時所得税をかけている計算なのかもしれない。大金勝負するギャンブラーが摘発されるといつもこれが問題になり、他の負けたレースの負け分が控除されず、50万円以上勝ったレースにだけ課税されていく。仕事として税務申告する時はトータル計算になるようだ。マイナスの人は申告しないが、1000万円以上の動きがあるギャンブラーは調査されるようだ。高齢女性からもらった1億5000万円に対する贈与税も数十パーセントかかるはずなので、このニュースの計算はよくわからない。

●もし負けているのならきちんと収支表をつけて税務調査員に申告すれば税金はかからないはずだが、税務署員が勤務時間に競艇をやり続けていたと申告はできないだろう。調査の相手からお金をもらうのもおかしい。蛭子能収は過去に適当に税務申告していたら、税務調査員がきて、「ギャンブルについて書くことが多いのでギャンブルは仕事のようなものだ」と説明すると、「きちんと収支をつけていれば全額とはいかないがある程度は控除する」と説明を受けたことがある。仕事として申告する場合、記録を残さなければならない。個人経営の飲食店だってきちんと日々の収支を記録するように税務署から指導されている。

●申告すればよかった問題でもなさそうだ。

●高齢女性から不正にお金をもらっていたので贈与申告できず、脱税することになったのか。事件になったきっかけは高齢女性に対する数十万円の詐欺容疑が発端なのか。

●税務署員が税務調査で知り合った女性に、父からの虐待、父からの金の無心、家族への仕送りの話をし、同情され、合計1億5000万円のお小遣いと交通費をもらい続けた。税務調査が済んでからも高齢女性の家に通っていた。

●競艇は当てることは簡単なので、固いレースに何度も大金を入れ、たまに勝っていたのだろう。

●今のところのニュースでは実際にプラスになったのか、負けているのかさえ、わからない。トータル収支を見ると100万円単位で賭けているはずだから、競艇以外にあまりお金をつかっていない可能性がある。3年間競艇三昧だったのだから1000万円単位の勝負はできない。

●トータルで負けていて収支をきちんとつけているのなら調査が入ったとしても申告しなくてもこれほどの事件にはならないはずだ。競艇で何百万円も大負けしている競艇ファンは多い。1000万円以上を動かすギャンブラーが調査摘発されるのだろう。

●競艇はテレボートでしかネット投票できないので大勝ちしたらすぐに税務署に調査される。現在1000万円以上の勝ちは公営ギャンブル主催者から税務署に申告するように指導されている。1回の勝ちが1000万円なのか、1年の勝ちが1000万円なのか詳しい説明はネット上ではみつからない。1回の払い戻しが1000万円を超えるものは公営ギャンブル主催者から税務署に必ず申告されている。

テレボートの成績表を見れば収支は明らかだから、マイナスを証明するために常に細かいレース成績をつけておいたほうがいい。細かい成績をつけていればそれが仕事として主張が認められることがある。今の法律では基本、1Rで50万円以上勝ったら申告をしなければならない。しかし、摘発されたギャンブラーが裁判を起こすと、年間で負けた分の馬券が経費として認められた例がある。負け分を経費として認められなければ、勝ったレース1レースごとの勝ち金だけに課税され、他にたくさん負けたレースの負け金額が控除されず、年間プラス額よりも多い税を支払わなくてはならなくなってしまうからだ。

 

今回の事件も、調査が入って不思議はないし、告発されるべき事件だが、競艇の収支はマイナスであった可能性が高い。

税務署員が税務調査に行った高齢女性から1億5000万円の援助を受けたことと、数十万円の詐欺疑惑が発覚したことが大問題の発端だろう。

 

 

 

 

2026.8.5水曜

 

おそらく斉藤氏本人もホリエモンの解説動画は見ているだろうが、普通の人なら聞いていて胃に穴が開くような話で、ホリエモンの解説はスムーズで的確で素晴らしい。

斉藤氏はこのような解説を聞いて、11月の判決まで洋菓子を元気に販売する仕事を続けていけるだろうかと心配になる。

ホリエモンは自分の刑務所経験まで血肉化し、自分の教養にしてしまっている。一瞬で主張をまとめる能力がピカイチだ。

 

妻子ある男性が、性犯罪で訴えられて無罪を主張するのはよくない。

 

地球全体の世の中は立場の弱い女性を助ける方向に確実に向かっている。性犯罪で訴えられた時点で、自分のした事を全力で振り返る必要がある。訴えられた時点で猛反省するか、同意による無罪を主張するかで裁判の行方は大きく変わる。

 

性犯罪を訴えられた妻子ある有名人が無罪を主張して世の中の賛同を受けて無罪を勝ち取ることはまずない。

 

同意というか、自分のファンだったようだ、と斉藤さんは強く言いたい、ということは誰でもわかる。

それでも、妻子があり、テレビに出演契約をしTVCM契約までしている立場ある有名人に、もしも裁判所が「ファンだったのだから、妻子があったとしても、性行為は仕方がないので無罪」などという判決を出したら、性犯罪に対する法律の力は一気に弱まり、エロ国家になってしまう。そんな判決は出せない。

 

男性は、女性をもっと大切にする時代が来たのだということを肝に銘じていなければならない。

 

どんどん斉藤氏が損をしていくようで、見ていられない。弁護士や仲間や友達の意見を聞かないのだろうか? と思ってしまう。具体的にはキスとフェラチオらしいが、性行為をさせた相手が嫌だったと言って訴えているのに、同意を主張するというのはかなり不利だし無理がある。

 

妻子がいるのに、ロケバスで初対面の女性と性行為をして、女性が傷ついていると言っているのに、無罪を主張するのは検察側の印象がかなり悪くなる。

初対面の相手の前でパンツを脱ぐというのは普通では考えられない。

 

ホリエモンによると、7年求刑というのは「執行猶予はつけない!」という検察側の強い意思表示だという。ホリエモンの言う通りになりそうな気がする。恐ろしい。無罪を主張するような事件とは思えない。

 

「初対面の私に触れたりキスをしたり言葉の通じないモンスターのように思えた。可能な限り長く重い刑を科すことを強く求める」(涙声の女性の証言)

「同意のない性加害という認識は全くない」(弁護側)

「被告人が女性の同意を誤信したとは言い難い」(検察側)

「(謝罪後)裁判所には、当時、同意があったと思っていたことを、ご理解いただきたい」(斉藤氏)

 

しかし人間は強い。ほとんどの人が長い刑期を終えて社会復帰する。出て来た人は期間限定ならもう少しいてもよかった、というような意見はよく聞くから、世の中より刑務所は、ある意味判断が最初から決定されて失敗のない場所だから暮らしやすいこともあるのかもしれない。

世の中に注目されることに馴れ、バッシングに耐えた経験のある有名人のほうが忍耐力はあるのだろうか。

刑期を耐え抜くというのが、経験のない一般の人からみるとすごいことだ。考えただけでも恐ろしい。

 

ホリエモンはやはりすごいコメンテーターで、コメンテーターになる運命のためにこれまでの一連の事件を経験してきたのではないかと思えるほどだ。佐藤優にも同じような運命を感じる。逮捕などの衝撃経験が確実に活き、説得力を倍増させている。

 

 

 

 

 

 

東野圭吾は直木賞の選考委員をやめた。理由は自分の作品を書きたいから。

選考委員をやめた最後の年の直木賞受賞者パーティーに同じく直木賞選考委員だった伊集院静がサンダル履きでやって来た。

 

「受賞者に会いに来たんじゃないんだ。直木賞選考委員を辞めるアンタに会いに来たんだ。アンタと直木賞の選考をしているのが楽しかった。他の選考委員は話をしても評価を変えなかったけど、あんた、自分の意見を変えるもんな。〇から×へ。×から〇へ。だから話し甲斐があったんだよ」

 

伊集院らしい。伊集院は普段から作務衣を着て競輪場に来り、こんな話し方だった。

 

伊集院は仙台に家があり、東京にいる時はお茶の水の山の上ホテルに泊り、一か月いることもあった。歩いて3分の神保町では酒を飲んだり食事をすることはなく、タクシーに乗って銀座や六本木に飲みに行き、晩年は根津で食事したから、山の上ホテルでサンダルで過ごしてそのまま銀座へ出掛けて東野圭吾に会ったのだろう。山の上ホテル内のバーで飲むことも多かった。

晩年は六本木へも銀座へもあまり飲みに行かなくなった。

30代後半から40代は毎晩のように銀座から六本木へ流れて飲んでいた。六本木にはインゴという店とホワイトという店が有名人の集まりで、石橋貴明はインゴで伊集院に出会った。インゴは店主が外国に行き閉店、ホワイトも店主が病死し2000年代末に閉店。ホワイトは客がいれば昼まで店を開けていたから伊集院は原稿を書き終わると朝方でもホワイトへ行った。同時期、写真家の荒木経惟も毎晩ホワイトにいた。

 

1分53秒から伊集院の話

 

154 1万3020 郡司浩平鈴木竜士山崎歩夢 

杉浦侑吾先行、山崎歩夢の最終先行、郡司の捲り

 

 

東スポチャンネルのインタビューは素晴らしい。どんどん選手情報に詳しくなれる。前田睦生記者への選手の評価が、インタビューの話に現れている。

前田のインタビューの場合、選手がリラックスして話をするのが素晴らしい。ファンにとっては貴重映像ばかりだ。昔の競輪ファンは雑誌『月刊競輪』か『競輪マガジン』か千葉テレビかテレビ埼玉の中継の勝利者インタビューしか選手の話を聞く機会がなかったので、実際選手がどんな人なのか最後までわからなかった。勝利者インタビューで笑う人がいなかったので小橋正義や後閑信一なんてただの恐い人だった。実際はみんな普通の人なのだ。YouTubeはすごい。

 

小田原記念最終日の決勝は11Rです。欠場選手が多いのでしょう。

 

8月2日いわき平F1決勝、木村皆斗対酒井雄多では、松岡辰泰(熊本)が単騎で直線中割り優勝! 162 7600 26番人気

伊藤旭(熊本)は「いい流れで力をもらいました」とやる気満々。

 

山崎歩夢は記念決勝は初で絶好調、紺開催2回番手に付けた菅田壱道が驚き、新山響平の山崎への影響を語りながら嬉しがるほどの脚。今回山崎は小田原競輪場宿舎で幽霊を見た。起きたら顔があってベッドから落ちた。

 

中学の時からずっとビーズファンの坂田泰季は今回強く、50万車券を出した。東スポ前田睦生記者のお兄さんもビーズのファンクラウに入っている。

 

●11R小田原記念決勝

1郡司浩平7佐々木龍

2伊藤旭(熊本)6坂田泰季

3杉浦侑吾5鈴木竜士8

4山崎歩夢9菅田壱道

本命対抗は郡司佐々木

 

山崎歩夢と坂井はS2

杉森輝大43歳

菅田壱道

宮 城/40/91    S1      両     

 

前田睦生記者の予想。

1=24579-24579 40点

 

前田さんは一時期夕食は焼酎の晩酌で魚肉ソーセージさえあればいいとペーチャンネルで語っている。競輪好きは競輪が好きになればなるほどうまいものへの気持ちが薄れる。うまいものへの気持ちや、遣わなくてもいいお金を、全部競輪ほうほうへ持っていかれる。魚肉ソーセージは常温保存でき、腐らず、万年床の横の畳の上に転がしておくだけでいつでも食べられるのが素晴らしい。昔はビニールをはがすのが大変で金具までついていたが、今は簡単にはがせるので主食は魚肉ソーセージがいい。練り物は、添加物の問題を気にする人が多いがが、競輪のほうが大事だ。最近の競輪ファンの正しい欲求だ。伊集院静も「競輪場では簡単なカレーライスで済ませる」と書いている。

 

熊本

 

●菅田壱道「歩夢がすごかったッすね」

 

●お化けが

 

●ビーズ。前田さんの言う2連勝は間違い、今開催は印象深い2勝で決勝へ。50万車券も

 

 

上坂氏考案の強運マーク

上坂さんが考案開発した強運マーク。運を引き寄せて宝くじが当たりやすくなるのだという。本を読みえるとなんとも縁起がよく思え、神々しく光って見える。明日宝くじに絶対当たる気持ちになってくる。1000万円当たりますように。

 

★上坂元祐名言「宝くじもお金も生きている。大切に扱ってあげれば、つかってもつかっても何倍もの仲間を連れて戻ってきてくれる」

 

仲間を連れて戻っておいで!

 

●上坂先生の輝かしい当選実績

※は高額当選

2憶、1億、6000万、1000万以上8回! 100万以上●17回!

高額順では最高2憶、1億、6000万、1647万、1565万、1240万、1108万、1000万、979万

こんなことが実際にありえるのがすご過ぎる。

 

●1991年 100万円(1) インスタントくじ

●日付不明 100万円(2) 不明

●日付不明 200万円(3) 不明

●※1994年9月16日 ●6000万円(4) サマージャンボ1等

●※1994年 ●1000万円(5) 百円くじ1等

●日付不明 100万円(6) 不明

●1995年4月12日 100万円(7) 普通くじ三等

●1995年9月20日 200万円(8) サマージャンボ特別賞

●※2001年3月15日 ●2億円(9) ロト6一等

●2001年11月23日 15万5700百円 ナンバーズ4ボックス

●2001年11月26日 42万4600円 ナンバーズ4ストレート

●2001年12月17日 10万3700円 ナンバーズ3ストレート

●※2001年12月31日 ●1億円(10) 年末ジャンボ二等

●2002年1月18日 66万9700円 ナンバーズ4セットストレート

●※2002年2月7日 ●1240万8600円(11) ロト6二等

●2002年2月25日 11万2400円 ナンバーズ3ストレート

●2002年2月26日 21万3400円 ミニロト二等

●2002年3月5日 18万9700円 ミニロト二等

●2002年3月6日 10万400円 ナンバーズ3ストレート

●※2002年3月7日 ●1565万6100円(12) ロト6二等

●※2002年3月12日 ●1647万6500円(13) ミニロト1等

●2002年3月12日 23万6700円 ミニロト二等

●2002年3月20日 8万7000円 ナンバーズ3ストレート

●※2002年4月2日 ●1108万7500円(14) ミニロト1等

●2002年4月3日 97万2600円 ナンバーズ4ストレート

●※2002年4月4日 ●979万1700円(15) ロト6二等

●2002年4月15日 10万9800円 ナンバーズ4ボックス

●2002年4月16日 13万7600円 ミニロト二等

●2002年4月22日 108万8300円(16) ナンバーズ4ストレート

●2002年4月25日 41万3700円 ロト6三等

●2002年4月26日 136万3400円(17) ナンバーズ4ストレート

 

絶版で入手困難の名著は、現在中古で5000円以上の高額になってしまっている。

宝くじ当選の驚くべき攻略法、実際の上坂先生の買い方が細かく語られている。

宝くじは努力と根性で高額当選できることがよくわかる。

上坂先生は意地になってロト6で2億円当てている。

 

1000万円以上の高額当選はなんと8回!

2億円の他、1億円も当てている。

この本は確実に将来も度々話題になり続け、100年後も熟読する人がいるだろう。

少しおかしいほどに運が上坂先生に集まり、研究に価する。

全てが実話だ。

これほど運の強い人は存在しない。上坂先生は運をかき集めるように神経を尖らせて生活している。

宝くじの当選確率は雷に当たるよる低いという常識をぶっ壊した。

 

●『上坂元祐の宝くじ大当たり! 黄金の法則』

 

 

 

●『上坂元祐の宝くじ大当たり! 黄金の法則』

 

 

『上坂元祐の宝くじ大当たり! 黄金の法則。』を読むと、上坂先生は1994年、車を電柱にぶつけて、家に帰って新聞で宝くじの当選番号を確認するとサマージャンボの1等6000万円が当たっていた。宝くじは90枚、2万7000円分買っていた。

それから半年後、今度は10枚買った100円宝くじで1等1000万円が当たった。

上坂先生は酒、煙草、ギャンブルをやらず、世の中に感謝し、周囲の人を大切にし、正しい振る舞いをし、宝くじに集中して何度も当てる。

 

●懸賞で600万円の外車も当選!

●お年玉つき年賀はがきで鍋が30個も当選!

●100万円以上の高額当選は、この本の中だけで17回!

もうメッチャクチャだ。ここまで当たる人は学者にいわせると「世界に2人か3人しかいない」という。

 

24という数字に思い入れのある上坂先生は2001年第24回のロト6を当てることを決意し、本当に1等2億円を当ててしまった。

2億円を当てる3か月前にも交通事故にあい、車ごと田んぼに落ちた。上坂先生は高校生の時にもランニング中に車にひかれ、田んぼに落ちて死にそうになっている。車にも宝くじにも本当によく当たる人で、懸賞でも600万円の外車を当て、お年玉つき年賀ハガキでは鍋が30個も当たってしまい、置き場所に困り、来客へのお土産として配った。

6000万円当たった時も、1000万円当たった時も、家族にあげたり買い物をしたらなくなったが、2億円はつかってもつかってもつかいきれなかった。家を買って、車を買って、人にあげたり寄付した。

 

※いくら宝くじの天才である上坂先生でも、さすがに10枚買っただけで宝くじを当てるのは無理だという。

 

それでは上坂師匠は1回の宝くじで何枚、いくら分買っているのだろうか?

 

本書の記述を繰り返し何度もじっくり読んでいった。

 

上坂元祐の宝くじ買い方

●6000万円当てた時はまず1つの売り場で窓口を変えて、連番で10枚を2組、バラで20枚を2組、今度は別の売り場へ行って連番で10枚、バラで20枚、1枚300円のジャンボくじだったから合計で90枚2万7000円買った。

●1枚200円のミニロトは1回で40枚合計8000円買った。

●1枚200円のロト6は1回で60枚合計1万2000円買った。

●少ない時は、ジャンボくじで連番で10枚、バラで20枚、合計30枚9000円買った。

※ある程度の枚数を買わなければ当たる確率は上がらないという。

 

上坂流おすすめの買い方

●ジャンボで最低連番で10枚、バラで20枚、合計9000円買い、1万円札を出してお釣りを1000円もらい、それで100円の宝くじを10枚買うという高等テクニックだ。

上坂先生はこの買い方で、年末ジャンボのお釣りで買った100円くじで見事1等1000万円をゲットした。

●どこで当たりくじを売っているかわからないので、少しでも当たる確率を高めるため、複数の場所で複数の窓口で、買う日も別な日に分けて買うと当たる確率が上がるという。

 

なかなかこんな面倒臭い、根拠のないことはできることじゃない。上坂先生を信じる者だけが大金をゲットできるようだ。

 

宝くじを最愛の奥さんのように扱う上坂元祐。

●上坂さんは宝くじもお金も大切に扱う。存在する物はみな生きているから、宝くじとお金を大切に愛を込めて扱ってあげる。

●心の優しい上坂先生は宝くじが窒息しないようにビニール袋から出してあげ、暗いところでゆっくり休ませてあげる。

●引き出しに入れても息ができるように、少し引き出しを開けておいてあげる。

●丁寧に、まるで旅館に泊まりに来たお客さんを扱うように宝くじとお金を大切に保管している上坂先生のもとに、たくさんのお金さんたちが大勢の仲間を誘って、リピートしてくるというわけだ。

 

★上坂先生名言「宝くじもお金も生きているから、大切に扱ってあげれば、つかってもつかっても何倍もの仲間を連れて戻ってきてくれる」

 

つかってもつかっても何倍もの仲間を連れて戻ってきてくれる、なんて、想像するだけで嬉しくなってくる。私もぜひそういう立派な人になりたい。

これからは、上坂先生と同じように絶対にお札の向きをそろえてあげてから財布に入れます。さっそく財布の中の千円札2枚の向きをそろえてあげたらなんだか当たる気がしてきた。

 

上坂先生の考え方には影響されてしまい、。リンゴやみかんを買っても生きている気がしてきて、冷蔵庫にゆったりと動き回れるぐらいに快適なスペースをつくって丁寧に並べてあげる。重ねたり、押し込むなんてできなくなる。豆腐まで生きているような気がしてきて豆腐君が醤油をかけられて嫌な気がしないかまるで弟のように気遣うまでになった。これはますます当たる気がしてきた。
 

●この本には強運の宝くじのお守りとして、上坂先生が研究して考え出した丸いカラフルなお守りマークが印刷されていて縁起ががいい編集となっている。この強運カラフルマークも、重要な上坂先生から読者へ向けての出版意図であるので、私の当選確率もグンッと上がったはずだ。1日でも早く高額当選して貧乏を抜け出したい。

上坂氏考案の強運マーク

『上坂元祐の宝くじ大当たり! 黄金の法則。』を読むと自信がみなぎってくる。信じていればきっと当たる。当たるに決まっている、と心が燃え上がって興奮してくる。

 

上坂先生は100万円以上を●17回も当たったのだから、上坂先生を真似すれば私にだって1回ぐらい当たってもおかしくない。

 

しかし、1年でロト6の2等を3回も当てた人はこの世に上坂先生1人しかいないだろう。

 

●上坂先生を尊敬し、上坂先生の真似をして先祖の墓参りに行った。

●上坂先生と同じように、こまめに部屋の掃除をした。

●上坂先生がするように、財布に入っているお札の向きを揃えた。

しかしまだ当たらない。

なぜ当たらないのだろう? 何がいけないのだろう?

 

『上坂元祐の宝くじ大当たり! 黄金の法則。』をもう一度最初から1字逃さず熟読した。

記述がある当選履歴をメモし、リストをつくった。

リストを眺めながら研究した。

 

上坂先生は宝くじを始めて5年ぐらいで初めて大当たりしている。

5年待てる人はなかなかいない。

やはり宝くじの世界でも、あきらめずに続ける者だけが大金を当てることができるのだ。

 

※は高額当選

買い始めて5年大当たりなし

●1991年 100万円(1) インスタントくじ

●日付不明 100万円(2) 不明

●日付不明 200万円(3) 不明

●※1994年9月16日 ●6000万円(4) サマージャンボ1等

●※1994年 1000万円(5) 百円くじ1等

 

●日付不明 100万円(6) 不明

●1995年4月12日 100万円(7) 普通くじ3等

●1995年9月20日 200万円(8) サマージャンボ特別賞

 

(5年間大当たりなし)

 

●※2001年3月15日 ●2億円(9) ロト6一等

●2001年11月23日 15万5700百円 ナンバーズ4ボックス

 

●2001年11月26日 42万4600円 ナンバーズ4ストレート

●2001年12月17日 10万3700円 ナンバーズ3ストレート

●※2001年12月31日 ●一億円(10) 年末ジャンボ2等

●2002年1月18日 66万9700円 ナンバーズ4セットストレート

●※2002年2月7日 1240万8600円(11) ロト6二等

 

●2002年2月25日 11万2400円 ナンバーズ3ストレート

●2002年2月26日 21万3400円 ミニロト2等

●2002年3月5日 18万9700円 ミニロト2等

●2002年3月6日 10万400円 ナンバーズ3ストレート

●※2002年3月7日 1565万6100円(12) ロト6二等

 

●※2002年3月12日 1647万6500円(13) ミニロト1等

●2002年3月12日 23万6700円 ミニロト2等

●2002年3月20日 8万7000円 ナンバーズ3ストレート

●※2002年4月2日 1108万7500円(14) ミニロト1等

●2002年4月3日 97万2600円 ナンバーズ4ストレート

 

●※2002年4月4日 979万1700円(15) ロト6二等

●2002年4月15日 10万9800円 ナンバーズ4ボックス

●2002年4月16日 13万7600円 ミニロト2等

●2002年4月22日 108万8300円(16) ナンバーズ4ストレート

●2002年4月25日 41万3700円 ロト6三等

 

●2002年4月26日 136万3400円(●17) ナンバーズ4ストレート

『上坂元佑の宝くじ大当たり! 黄金の法則。』は2002年6月29日発行。

 

上坂先生の当選実績を丁寧にノートに書き写しているうちに気づいた。

100万円、200万円程度の当選をのぞいた、1000万円以上の超高額当選は●8回だ。

 

もちろん当たったほうがいいが、100万円や200万円で生活が楽になるということはない。

巨額なお金に関する事件で逮捕された許永中の名言に、

「人は100万円では動かないが、1000万円なら動く」

というのがある。

100万円と1000万円では大きく違う。500万円ぐらいから生活に余裕が出る。

 

上坂先生のように「つかってもつかってもお金が仲間を連れて帰ってきてくれる」ようなお金持ちになりたい。

上坂先生は宝くじを当てるために、宝くじが当たるためのライフスタイルだ。宝くじのプロに徹している。宝くじという職業に対し、プロスポーツ選手と同じスタンスで向き合っている。

 

ロト6の数字を考えるためだけにホテルにこもる

●宝くじを当てるためだけに1人でホテルにこもり、念力でロト6の当選数字をひねり出した。

こんなことってあるだろうか。こんなことやる人は他にいるだろうか。宝くじのために生きるマニア、天才だ。

夢のような信じられないことが起きている。しかし、上坂先生の努力は読んでいるだけで苦しくなるほどだ。努力で宝くじを当てるのはここまで苦しいのだとよくわかる。

 

上坂先生は長い期間、すごい労力をかけて宝くじを買いに行き続け、●8回も超高額当選を実現した。

 

●宝くじを買い始めて最初の5年くらいまったく当たらなかったのにやめない。

宝くじを買うために生まれてきたような人だ。

●途中、1000万円級の当たりが7年こなかったのに、苦しみながら買い続け、見事念願だったロト6で1等2億円を当てている。

宝くじを買うために、ここまでの努力をしている人は世界に上坂先生ただ1人しかいない。

宝くじに人生をささげている。

「必ず宝くじを当ててみせる」などと言ったら普通は人に相手にされなくなるのに、本当に必ず当てまくって見せた。

 

宝くじが空前の売れ行きになっている。現実として、宝くじしか希望がもてない人間は多い。

宝くじは雷に当たるより当選確率が低いとよくいわれるが、そんなことはないだろう。毎週毎週こんなにたくさんの高額宝くじが開催されるようになり、絶対に誰かに当選している。

宝くじで1000万円当たった人をバイト先で1人だけ実際に見たことがあるが、雷に打たれた人には1度も会ったことがない。

宝くじ売り場で並んでいて、私の前の前の人が当選確認して100万円当たったのも見たことがある。関係ない私の前のおばさんが驚いて私に「あの人100万円当たったわよ!」と興奮しながら周囲に教えた。

雷に当たればニュースになるが、宝くじに当たるとみんな隠す。

この狭い日本のどこかで毎週誰かに確実に高額宝くじが当たっている。

●造船太郎

2024年夏、スポーツくじMEGA BIGでサッカーの試合中止が続き当選確率が一気に上がった。チャンスと見た医大生造船太郎氏が、サッカーの試合結果を予想することもなく全財産7350万円分MEGA BIGを買い、当選金2億円を手にした。MEGA BIG当選金も宝くじ当選金も税金はかからないと法律で決められている。

 

パソコンを使って確率を計算しながら賭け、競馬で数億円配当金を回収して税務署に摘発された人もこれまでに数人いる。

ちゃんと競馬に詳しい人で、本命馬券と穴馬券を研究しながらうまく配分して賭けていくらしい。

「競馬で儲けた人はいない」「宝くじは雷に当たるより当選確率が低い」という考え方はもう過去のものになっている。

 

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強運マーク宝くじ当選

5億円当りますように。

 

 

 

 

吉岡稔真の脳梗塞からの回復が凄すぎるし早過ぎる。

●2024年2月 軽い脳梗塞を起こし入院したと発表された。

●2024年7.7 小倉競輪場吉岡稔真カップ表彰式に杖をついて現れ、左手を震わせ、軽くない脳梗塞の後遺症があることをファンは知って驚き、心配した。その後、たまに競輪中継のスペシャルゲストとして何度か元気な姿を見せた。中野浩一との会話で、長い話になると呂律が回らなくなり話が聴き取りづらかった。

●2025.8.11 小倉競輪場吉岡稔真カップ表彰式に現れ、杖なしで歩き、マイクをもってのコメントでは、優勝した柳詰選手の名前もスラリと普通に話し、ファンを驚かせた。

●2025.10.15 スピードチャンネル小倉競輪中継で鬼脚井上茂徳と並んでコメンテーターとして出演し完全仕事復帰した。脳梗塞の後遺症は見られず、普通の55歳の吉岡稔真でファンはまた驚き、「おめでとう」の声が多く飛び交った。

 

昔、誰にも負けないほどものすごい強かった滝澤正光という競輪選手が、

「自分は日本で一番練習をします。だからもがき合い(競輪競走で、根性の力勝負で長い時間、二人が1番前に出るのを競い合うこと)になったら負けないんです」

という名言を残した。

滝澤より強かったのが吉岡稔真で、異常な練習量が業界で噂になり話題になった。周囲があきれるほど、一人でいつまでも練習をして競輪界で1番強くなったのが吉岡だ。

吉岡は脳梗塞になって軽度ではない後遺症が残ったが、回復力が異常だ。今では普通の55歳の人と変わらない。もし吉岡がリハビリを練習ととらえて取り組んだら、今のように普通の人にまですっかり戻ってしまうのではないか。

NHKの健康番組は吉岡稔真のリハビリを取材し、日本全国130万人の脳梗塞患者たちに希望を届けて欲しい。脳梗塞の後遺症は治るのだ。

 

●2025.8.11吉岡稔真カップ表彰式。この時よりさらにずっと、現在はまるで病気でない普通の55歳男性と変わらないまでに回復し、普通に話している。現在は、長く話すと呂律が回らなくるのも克服した。

 

●2025.10.15 スピードチャンネル小倉競輪中継で鬼脚井上茂徳と並んでコメンテーターとして出演した。

脳梗塞の後遺症がすっかり治っているのに驚く。

普通に話してジョークも飛ばしている。隣の鬼脚が吉岡に話し掛けながら嬉しそうにしているのがファンとしては嬉しい。競輪界の人間関係はいつもこのような感じで、それも競輪の魅力だ。吉岡ー井上で決まるレースは多かったが、吉岡ー井上の車券は競輪史上もっとも売れた車券なのではないか。だって、本当に毎回みんな買っていた。吉岡井上か、それとも無理して井上吉岡か、それ以外買いようがなかった。そんな車券他に知らない。

話も、表情も、普通の人に戻っている。病気前の吉岡とあまり変わらない。

すごい55歳だ。

さりげなく仕事復帰した。さすが不動心だ。

●2025.10.15小倉競輪中継。5時間28分35秒から吉岡稔真出演。

 

●2025.8.11 吉岡カップ優勝表彰式に吉岡稔真が杖なしで歩いて登場し、挨拶した。大きく回復したというより普通の55歳よりすらりとしてずっと若くかっこよく、成功者の見栄えだ。痩せたから服が似合い、カラフルなラインの入った去年よりおしゃれな帽子と黒い服できめている。優勝した柳詰選手の名前もすらりと全く普通に話した。

見ているのが嫌になる異常に長過ぎる表彰式で、吉岡がなかなか登場せず、吉岡の登場を待っているファンばかりだった。

吉岡は去年とおととし弟子の優勝に感激して泣いたが、今年も泣いた。競輪界が吉岡を讃えている雰囲気に応えて泣いてしまっているのだろう。来年も必ず登場してくれる。

吉岡稔真、復帰後の表彰式で颯爽と登場

吉岡稔真、黒服に帽子、表彰式

 

吉岡の病状は手足の軽い後遺症と、長く話していると呂律がついていかなくなるという程度のようだ。

 

祝! 今年からやっと、ついにF1開催からG3に格上げか?(詳細不明)

今年は万国協賛 第19回吉岡カップG3となっている。今回だけのG3開催かもしれない。記念競輪G3でなく、協賛競輪G3なので賞金も高くないし、スター選手は出場しない。

小倉競輪場はG1競輪祭が名物で基本的に競輪祭以外のグレードレースは開催されない規定になっている。

2025年8月8日金曜から8月11日月曜 小倉競輪場

吉岡の姿が見れそうだ。

 

宇都宮の神山雄一郎杯、吉岡稔真杯、松戸の滝澤正光杯、久留米中野浩一杯と4大G3としてもいいが、現在F1開催である武雄井上茂徳杯、弥彦小橋正義杯もG3に格上げして6大G3にして大いに盛り上げるべきだ。競輪ファンが鬼脚井上茂徳、鬼脚二世小橋正義にどれほど興奮し、夢を見て、大金を賭け、時に大儲けに酔ったか競輪施行者は理解するべきだ。6人には確かに競輪魂の全てがあった。

 

吉岡稔真は2024年2月に軽い脳梗塞を起こし入院したと発表された。

しかし、2024年7月7日の吉岡稔真カップ、弟子の小川勇介優勝表彰式に現れた吉岡は杖をつき、軽い脳梗塞ではなさそうだった。

吉岡稔真は大スターだ。吉岡が現れるだけで競輪場は盛り上がる。今、競輪場には盛り上がりが必要だから吉岡は必要とされている。

競輪には思い出がある。どこの競輪場も通いづらい場所にあり、それでも競輪に魅了されたファンは通う。泊りがけで競輪に行くこともあるから競輪には思い入れがどんどん深くなっていく。

吉岡は特に思い出が深い。1994年、18連勝の走りをみんなが見に行き、完璧な一人舞台を見せてくれた。ネットのない時代、毎朝スポーツ新聞を買って吉岡の連勝記録を毎回確認した。伊集院静が『FRIDAY』に特別寄稿して吉岡の18連勝を讃えた。

私は吉岡稔真の連勝を大宮競輪場に見に行き、吉岡の捲り以外、全ての時間が止まった瞬間を見た。まるで静止した絵の中を吉岡一人が走っているようななめらかな素晴らしい捲りだった。

 

左脳の脳梗塞だと右半身と言葉が不自由になるが、吉岡は幸い右脳の脳梗塞のようで、言葉はしっかりして、会話も普通だ。長い話をすると今はまだ呂律がついていかなくなるが、反応は普通に早い。左足と左手が不自由になってしまったようだ。しかし脳梗塞の後遺症はほとんど全員がリハビリでどんどんよくなっている。

脳梗塞になって痩せた。痩せたから服が似合うようになった。なかなか独特のファッションでかっこいい。高そうな背広と帽子だ。

杖もきっと高級な杖だろう。私のようなダイソーで買った200円の杖とは違うだろう。

長嶋茂雄も中程度の左脳脳梗塞で言葉と右半身が不自由になってしまったが、それでも野球場に現れ、テレビに出て、インタビューに答えた。その方が野球ファンが喜ぶからだろう。自身のためにもきっといい。それに長嶋は、なんだかいつだってどんな時でもかっこいい。

野球界には長嶋がいるが、競輪界には吉岡がいる。

吉岡の頭がはげだした頃、吉岡本人はかなり気にしていたようだったが、ファンはそんなことはどうでもよかった。坊主頭の選手はいくらでもいる。気にしていたのは吉岡一人だけで、そんなことより、全盛期を過ぎて勝率がかなり下がっても吉岡は一番人気になることが多かった。実力よりも人気の車券だった。どうしても吉岡からの車券を買いたい。毎回、なぜかどう考えても吉岡が勝たないなんて考えられなかった。

全盛期、吉岡が先行すると、いつまでも1本縦並びで、そのまま縦並びでゴールした。対抗ラインがかまし先行を仕掛けても、ズンズンと番手選手を引き連れてきっちりと捲り切り、ゴール前では番手選手とともに数車身ぶっちぎった。少し実力が劣る選手が吉岡の番手につくと、1本棒の吉岡の先行についているだけなのにつきバテして番手から離れていってしまうということがよく起きた。吉岡の番手からの二段駆けは一度もなかった。展開上吉岡の番手にはまった選手がゴール前で差すということはあったように思う。

みんなが何度も吉岡ー井上茂徳1番人気150円の車券を買い、1万円を1万5000円にして競輪場を後にした。帰り道、いつもみんなが、「やっぱり吉岡井上1点だけでよかったんだよー」と後悔した。吉岡のレースはなかなか荒れないのでファンは困った。

引退試合はグランプリで、井上昌己の後ろに着くことがきたが、自力を選んだ。山崎芳仁の先行を捲ることができず、9着だったが、最後まで吉岡らしかった。いったい我々は吉岡の車券をいくら買っただろう。

いつまでも吉岡を見たい。

吉岡も長嶋みたいにどんどんおしゃれをして競輪場に現れて欲しい。競輪中継にも出演して欲しい。吉岡がいると確実に盛り上がりファンが喜ぶ。ファンは吉岡が病気をしても何も変わらずファンのままでいる。吉岡の代わりはいない。それが吉岡だ。吉岡のことだから、ファンからの声援が吉岡を元気にすることがあるかもしれない。

脳梗塞患者は日本に100万人もいる。杖をつくようになるとわかるが、どこの商店街を歩いても次から次にたくさんの足の不自由な人とすれ違う。吉岡は練習量で有名な根性の人で不動心だ。バンクを一人でいつまでも回ってひたすら練習をして強くなった。死ぬまでファンを魅了するほどの走りを現役時代の吉岡はした。

●2024年7月7日吉岡稔真カップ表彰式。吉岡稔真登場は13分48秒から

●吉岡全盛期、ライバルは神山雄一郎ただ一人だった。記念競輪で低配当で連勝する吉岡を見て誰もが「神山しか相手にならねーよ」とぼやいた。1995年のKEIRINグランプリ、神山雄一郎が先行し、吉岡が捲った。神山の先行は完璧で力強く安定し、これを捲れる選手は吉岡ただ一人しかいない。二人の走りは豪快で、完全に二人きりの力勝負であった。吉岡ー神山で決まり車番1ー9は2190円。競輪魂がふるえるすごい闘いであった。1994年、大垣全日本選抜競輪決勝戦では、山本真矢の後ろをなんと吉岡と神山で競った。選手紹介から二人が位置を主張して並走し、ファンは不思議なものを見た。実力は山本真矢が下だが、その時、山本真矢は先行で結果を出している時だったので、山本真矢の先行に山本と同期の吉岡に乗られて二段駆けをされては神山に勝ち目はないということのようだった。高橋光宏ー神山ー吉岡で決まり、枠番連勝単式4-1で5000円だった。

●1995年KREIRINグランプリ

●神山雄一郎涙の引退会見より「吉岡君に認められる選手になりたくて頑張ってきた」(9分50秒から吉岡のこと)2024年12月24日引退会見

●●本田晴美のために走った吉岡

自力選手は自分で見せ場をつくることができる。見せ場をつくることを使命とした実力者が人気一流選手になる。滝澤正光と吉岡稔真がそうだった。

昔、本田晴美がG1決勝で吉岡稔真の番手につくことになった。

本田が準決を勝ち上がり、続いて吉岡も準決を勝ち上がった。

レースを終えたばかりのまだ息の荒い準決勝の勝利者テレビインタビューで、タイトルを獲ったことがない本田晴美のために走る、と吉岡が宣言した。

「自分は本田さんのことを尊敬しているんで、本田さんにタイトルを獲ってもらいたいです。本田さんが勝てればいいです」

あの吉岡が本田のために走るとインタビューで答えた。

そういわれた本田も嬉しそうに感極まったような表情で照れたようにモジモジしていて、まるで恋人同士のようだった。

なんとなくテレビを見て吉岡のインタビューを聞いていた競輪ファンは感動してしまい、翌日本田から車券を買わないわけにはいかなかったが全盛期を過ぎた本田は勝てなかった。

それでも我々はさらに吉岡と本田のことを大好きになった。あの時の吉岡と本田のインタビューで、20年以上経った今でも私は吉岡と本田を好きでたまらない。

吉岡は走る度、話す度、登場する度、ファンを増やしてきた。それは今も変わらない。

 

 

2009年からYouTubeに消されてはアップされ続ける『ザ・ノンフィクション』史上1番の傑作『漂流家族』。

前篇後篇2回放送されただけの、普通一般には評価されていないテレビ番組なのに、16年もの長い間、ネット界だけで人気を保ち続けている。

見れるうちに見ておいたほうがいい。見れない時はかなり長い間見れない。

漂流大家族竹下家のその後を知りたい! という熱望が16年間止んだことがない。特に魅力の大元であるパパとママの消息が全くわからない。そこがさらなる飽くなき魅力となっている。何もかもが奇跡的に素晴らしい名作だ。

 

●前篇と後篇セット

 

●『漂流家族』とは?

人気番組『ザ・ノンフィクション』で2009年、2週にわたって放送された8人の大家族竹下家のドキュメンタリー。竹下家の9年間が記録されている。放送直後からネットがざわつき、竹下家のファンが湧き起こっていった。かなりアナーキーな家族なので、一般ドキュメンタリー番組としての評価はないが、ネット上では『ザ・ノンフィクション』史上1番の傑作という声が16年間多いまま維持され、それでも一般には無視され続けている。

 

その後どうなったのか続きを見たくて、待ち望まれ、何年も待っていたら、2019年『漂流家族』が『ザ・ノンフィクション』で再び放送! 続きかと思ったら、竹下さんではなく、元プロレスラーの別の漂流している大家族で、竹下家の鬼気迫る迫力に足元にも及ばなかった。レベルが違うというか次元が違った。やはり竹下さんはすごい方だ。

竹下家を求めて以後全てのザ・ノンフィクションを欠かさず見たが、竹下版漂流家族にかなう『ザ・ンフィクション』はない。

竹下家のその後を『ザ・ノンフィクション』が撮影しているという情報は皆無だ。

 

練馬のスナックで知り合ったお父さんとお母さん、娘6人の8人家族が北海道の過疎問題を抱えている村が募集した移住制度に応募し、地元の親切な牧場経営者に30年2000万円のローンの連帯保証人になってもらい新築の一軒家を手に入れたが、パパもママも仕事を辞めてしまい、埼玉県に帰った。ローンが払えなくなり、当然ローンの請求は連帯保証人の桜庭さんのもとにいく。桜庭さんは竹下さんに電話するが、竹下さんは出ない。

困ってしまって怒った桜庭さんは埼玉まで追いかけてきて、かなり強めの拳骨を竹下パパに食らわす。今では放送できないほどの強い拳骨だ。ゴツンと鈍い音が鳴り恐ろしい。ローンの支払い残り1800万円の怒りと不安のこもった、親切で純朴な人の怒りに満ちた拳骨だった。

 

結局北海道の家は、近所にもう一軒夜逃げそのままの中古の家なんて絶対に全然欲しくもなんともない桜庭さんが1800万円のローンを払い続けることでおさまった。たんたんとしたナレーションで解説しているが、視聴者は思わず「ヒエー」と声が出てしまう。だって桜庭さんは竹下さんと親戚でもなんでもない全くの他人だし、桜庭さんには自身の牛舎の借金が1億円近くあるのでこれで借金は1億1800万円だ。いくらなんでもひど過ぎる。桜庭さんのような親切な人が世の中に存在するということは聞くことがあるが、ここまでしっかりと悪夢の一部始終が映像作品に記録されているのを見ることのできる機会はない。これは『ナニワ金融道』のようにフィクション作品ではなく、ザ・ノンフィクションなのだ。竹下さんにような人には桜庭さんのような人が必要だし、ちゃんと出会うことができるような運命になっている。

竹下パパ、桜庭さんに拳骨を食らう

 

この作品は見どころが多過ぎる。3度見るに値する。全編一瞬も見逃せない。時間が経つとまた戻ってきてしまう。どうしても気になって2年に一度は竹下さんの消息をネットで調べてしまう。

●職場で問題が起きてパパは怒って意見を言うが、トラブルの原因はパパだった。

●家庭内ではいつも怒号が飛び、隣の家からも怒号が飛んでくるが、怒って、ママをにらみつけ、ママを殴る寸前までいくパパの青いTシャツでは『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉おやじがのん気に茶碗で風呂につかっている。

目玉おやじTシャツの漂流家族パパ

●ママがオラオラ口調。大変にお世話になっている神様のような1800万円のローンの連帯保証人の桜庭さんに注意されると毎回いちいち言い返す。「かっこいい話ばかりすんな!」「かっこいい話じゃない」「もっと現実を見れ」「見てます」「あんたずいぶん冷静な話し方するよな。俺に1800万のローンがかかってくるんだぞ今」「冷静とかじゃないですよ全然」桜庭さんの言葉に対応してママも北海道なまりで言い返すのも桜庭さんをおちょくっていてしゃくにさわる。

漂流家族、ママがオラオラ口調

「荷物まとめろ! オラァ!」

漂流家族、荷物まとめろ

●パパも娘も口汚い。

●みんなの体が巨大化していき軍団として迫力を増していく。

●桜庭さんは口に出さないが、(とんでもないのに引っかかっちゃたぞ)という桜庭さんの心の声が何度も聞こえる。桜庭さんは『漂流家族』放送で唯一得した人で、『漂流家族』を見てしまった人の中に、桜庭さんを信頼できない人なんて一人もいない。桜庭さんは口に出さないが、家にテレビカメラが入る度、(またお前らも俺の災難を撮影しにきたのか。9年間も)という桜庭さんの声が聞こえる。桜庭さんが怒る度、顔が赤くなり、おさえきれない怒りが手のオーバーアクションとして現れ、竹下夫婦を理解することが困難であることの混乱と、血圧上昇によりパニックに陥っているのがよくわかる。

●パパが文句ばかり言い、常にキレている。元旦に娘が豚の角煮を作っていてこがしただけで、

「捨てちゃえよ。食えるわけないんだからよ、馬鹿野郎」

と言って娘を泣かす。さらにシクシク泣いてしまっている娘に近寄っていき煙草を吸いながら棚を蹴飛ばし、

「泣いてんじゃねーよ!」

とわめきしつこい。

●正社員にこだわる。お金に困っても、娘の就職は正社員採用以外は決して認めない。

●金に困っているのに見ているこちらが怖くなるほど金遣いが荒い。金に困っていない普通の家庭よりもバンバン買い物をして、見ているこちらが「大丈夫なのか」と思うほど不安になる。

●パパもママも煙草を吸いながら切実にお金に困っている話をする。

●視聴者を刺激するような問題発言が多い。(ファンの間ではそれらは名言に熟成していく)

●明るいナレーション原稿と恐ろしいほど深刻な現実映像の世界感が一致せず、ナレーションの山本太郎と原日出子の声が怒りで震えているように聞こえてくる。山本太郎も原日出子もこんな原稿どんな声でどう読んでいいのかもわからないでいるようだ。最初からずっと一度も安定せずにノンストップで深刻なのに、ナレーションではだんだん深刻になってしまうようなストーリーにしているが、無理がある。ナレーション原稿と現実が違う。どうやってもいい話にもっていけていない。

●はっきりいってしまえば、9年間、また仕事を辞めてまた仕事を探す繰り返しだけを1時間半にまとめているので、同じような場面が繰り返され、時系列とストーリー展開を覚えられない構成になっている。

●深刻な事態なのに、BGMが間違えたようにのん気だったり明るかったり勇ましい。音楽がずーーっと明らかに変。BGMでヤバい映像を中和しようとして失敗している。おそらく編集している人が怒りで平常心を失い、BGMのピックアップをどうしていいのかわからなくなってしまった。適当ともいえるピックアップで「もうこれでいいや!」という投げやりな態度が耳に伝わってくる。

 

本当にハチャメチャで目が離せないのに、番組意図としては苦労大家族のいい話に演出していて、BGMはおだやかで優しいが映像は恐ろしく、見ているだけでこちらの将来まで不安にさせる。

ナレータをつとめた山本太郎と原日出子の声が怒りで震えているように聞こえるのは、竹下家の後先を考えない無計画で無責任な行動と、ナレーション原稿のやさしい世界観が遠く離れ過ぎているからだ。

見ているこちらにもいちいちリアルな怒りが湧き起こり、見終わると、怒りを誰かに伝えなければおさまらない。そして誰かに話しているうちに怒りがおさまり、やがて熟成すると感動に変わり、もう一度落ち着いて『漂流家族』をじっくりと見返してしまい、この家族に魅了されていく。

●放送翌日から一部が騒然

2009年に放送された翌日、私は会社でみんなに「昨日『漂流家族』見た?」と聞いて回ったが、見ている人はいなかった。強く襲いかかっている気持ちのやり場がないから、インターネットで検索してみると、もうインターネット内では『漂流家族』への怒りの感想が飛び交っていた。

「本当にむかつきました」「この不安な気持ちをどうすればいいんですか?」という声が多く、それぞれ鼻息が荒くトラウマになっているのが伝わってくる。みな同じ気持ちだった。みな日曜の2時に『漂流家族』を一人ぼっちで見てしまい、不安になり、どうしていいのかわからない一夜を乗り越えネットの掲示板に救いと共感を求めていた。

放送翌日にはもうすでに竹下さんへの尊敬は始まっていた。最初はみんな怒っていたはずだったが、数年しても続編熱望がおさまらず、竹下家は伝説になった。初めて見た時の血圧上昇の体感が忘れられず『漂流家族』に戻ってきてしまう。『漂流家族』級のノンフィクション番組を求めて手当たり次第にドキュメンタリー番組やドキュメント映画を見た。田原総一朗の昔のドキュメンタリー番組がDVDで復活し、ちょうどドキュメンタリブームがやってきた。

竹下さんに比べたら『ザ・ノンフィクション』はどれも退屈になってしまった。

竹下さんに比べたら他の大家族なんてスリルがなくて見ていられない。

●パパとママの消息は誰も知らない

続きが知りたくてたまらないからネットで竹下家を調べる人が続出し続けている。大家族だからSNSをやる娘もいる。しかしどれを辿っていっても『ザ・ノンフィクション』で見た竹下家への怒りは湧いてこない。肝腎なパパとママの情報がいっさいない。『漂流家族』を繰り返し見ているとわかるが、『漂流家族』の魅力はパパとママの魅力だ。パパとママさえいなければ竹下家は普通の家族になってしまう。

 

全てをテレビ画面にさらけ出してくれた竹下軍団の勇気に感謝する。竹下家を見つけ出してきて9年間も撮影し続けた『ザ・ノンフィクション』スタッフの選択眼も恐ろしい。

偶然に見た『漂流家族』だったからもちろんビデオ録画していなかった。私はそれまであまり『ザ・ノンフィクション』を見たことがなかったが、『漂流家族』を見た翌週から、竹下家を求め、その後の『ザ・ノンフィクション』を全て予約録画を絶対に忘れないように確かめながら欠かさず、10年以上、1回も見逃さずに全て熟視し続けてしまった。『漂流家族』がダントツナンバー1で、ナンバー2など考えることもできない。

 

竹下家から出るオーラが強過ぎ、どんな演出もビリビリに破り捨てられてしまう。何をやっても不思議なテイストを醸し出し、他では決して見ることのできない傑作ドキュメンタリーになってしまった。

作ろうとして作ろうとした作品ではない奇跡の作品だ。

実は私は『ザ・ノンフィクション』のスタッフに話を聞く機会があり、2010年の時点で続きが撮影されていないことを知っていた。『漂流家族』が狙い通りの作品ならば続きが撮影されていたはずだ。スタッフたちは『漂流家族』について語ろうとしなかった。

 

※魅力にあふれる竹下夫婦の発言をもっと聞きたいし映像を見たい。ビックダディたちが大家族テレビ番組によって多くの仕事を得たように、竹下家もこの永久不滅の人気によって裕福になれたらファンとして本望だ。竹下家は、竹下家にしか見せることのできない本当に有意義な視聴時間を届けてくれた。

 

これは100年後の人類にも衝撃を与える真に評価されるべき奇跡の名作ドキュメンタリー作品だ。

 

 

 

●Vol.10で逮捕理由を全て告白

 

●YouTube収益金額公開。Vol.16 開設わずか2か月で47万7843円!

 社会復帰の記録が、人気が出過ぎてサクセスストーリーになってしまっている。有名になるほど収入は上がっていく。しかもYouTube収益は遣わずに、これからの臨時出費用と会社組織のストックにするというのだから、もう裏切りでもないかぎり金には困らない。

その後、2016.1.23 Vol.43 で50万円遣って引っ越しし、家具をそろえることになった。

 

●ひと月のYouTube最高収益132万円! 2026.2.3 Vol.46

たった半年でファンが増え過ぎ服役の過去が薄れていく。

みんなYouTube収益化を夢見ているが、7割以上の人は収益化を実現できない。

バーを経営する計画もあるという。

 

●大人気。チャンネル登録者数急上昇中。

 

※2025年12月より毎週火曜と金曜夜21時に更新となった。

 

2025

8.20頃にチャンネル開設、開設2週間で2万達成の注目度

9.25 6万200 Vol.14

9.28 7万  Vol.15

10.1 8万200 Vol.16「YouTube収益金額公開」

10.9 10万  Vol.18「童貞告白」

11.25 13万2000 Vol.29人気ユーチューバーカノックスターとコラボ

12.8 16万8000 Vol.32ホームレス生活に挑戦

 

●2025.8.9現在、同居人の紹介により期間限定で日給1万円の肉体労働を始め、見事社会復帰を果たしている。その後、2026.1、月給25万円の不動産会社営業社員となる。

 

18万5000人ものチャンネル登録者が見ていると思うと、これから先、悪い人が600番には近づきにくくなった。新しい形の社会復帰といえる。

チャンネル開設後2か月もかからずYouTube収益化達成。本人も優秀だが、仲間が有能だと社会復帰はすぐできる。一般に社会復帰とは労働と納税のことで、雇用形態は関係ない。

このYouTubeは勢いがありペースが速く、退屈せずかなり面白い。

 

●Vol.11 貴重証言「刑務所でオナニーは普通にできる。夕食後、テレビがつく前にトイレでする」20分21秒から

 

●YouTube「懲役7年から帰ってきた親友を社会復帰させたい」社会復帰への記録が社会資料としても貴重

600番の人生、驚きの社会復帰

「結構俺の人生ってやばいよな」

少しづつ慎重に告白していく後悔と反省。

 

●2025.8.20 Vol.1出所

 

・刑務所帰りの28歳の若者は600番という刑務所での呼称で出演している。親友のサカシタはYouTubeのプロの監督、編集者。

 

※YouTubeはチャンネル登録、高評価するだけで実際にそのユーチューバーを経済的に応援することになる可能性があるのが素晴らしい。

 

懲役7年の服役を終え、撮影者の親友600番が帰ってきた。出所した刑務所の前までレンタカーで迎えに行き、全ての行動を記録している。

600番は親友が迎えに来てくれたことに感激、親友は出所する600番に白Tとリーバイスのジーンズを差し入れていた。

二人は中学で出会い、現在28歳、刑務所にいる間は文通していた。なかなかこういう親友に人生で出会えることはなく、多くの出所者は行くあてがなく、頼るあてもなく、急ぎの生活費を求めて刑務所で知り合った人を訪ねるケースも多い。

 

600番と親友の友情がなかなか羨ましく感動的なので、このYouTubeチャンネルは登録者をグングンと伸ばしている。コメントをみていると女性にも人気がある。

 

動画をいくつも見て事情を理解した上で、あらためて第1回の動画を見ると、喜びとか苦しみとか不安、友達のことを思う気持ち、いろいろな感情が湧いてきて泣けてしまう。披露宴とか卒業式でなく、他人の出所シーンは感動的だ。

 

服役を終えると、みなまずはコンビニへ行き、豆腐を食べ、角を取る儀式をし、甘いものを食べる。刑務所ではみな甘いものに飢える。ホリエモンが出所した時もマックシェイクを飲んだ。

 

600番はYouTubeのコメント欄を全て読み、励みにしているというから応援しがいがある。

 

「リアルを移すことでブレーキに」

リアルを映すことでブレーキに

 

出所後、600番は豆腐は食べなかったが、美味しいものを次から次へ食べて歓喜する。

食べ方がものすごく太っている人のようで、バクバク大量に口に入れないと気が済まないのは、収監時の体重が120キロで、マクドナルドばかり食べていたからだ。

バクバクと高カロリーのものばかり食べているからこれから120キロにどんどん戻っていくのかもしれない。

刑務所で50キロ痩せ、出所時の体重は62キロだ。

Vol.19では出所後、初めて体重計に乗り、出所2か月で86.9キロまで太っている。

ホリエモンも細身になって出所したが、どんどん元の太った体に戻った。

見どころが多い。

 

親友の援助で社会復帰を目指す。

 

普通一般に、特別に学歴や経験のない日本の半分位の人の就職は、正社員でも25万円(手取りになると19万円)で5年くらいは昇給もない。ボーナスは年2回合計で50万円(1か月×2回)出るか全く出ないかのどちらかだ。みんなそうして貧乏に耐えて生きている。派遣社員の場合は、年収300万円も難しいし、契約の時に「正社員登用制度はありません」とはっきり言われることが多い。夢も希望もない。年収とは税金や社会保険を引かれる前の金額をいい、年収300万円の手取り現金支給額は228万円程度で、月19万程度だ。月19万円では子供をつくるどころか結婚するのも難しい。生活費は普通、一番安いカップラーメンばかり食べていても10万円かかる。

日本人の平均年収が450万円といっても大卒新卒採用エリートサラリーマンや公務員が30歳で年収800万円を超すことは多いから底辺との差が激し過ぎる。

 

現在の600番は悪い人には思えない。

 

元反社の人が刑務所を出て社会復帰しようとする時、一般の正社員の仕事の給料の安さに驚き、2年ももたずにやめて、薬物の売買などの仕事に戻ってしまう。これまでテレビドキュメンタリーで何度も見た現実だ。

 

時代は変わった。600番のように友達に恵まれ、友達とともに社会に復帰する姿をYouTubeで記録公開する時代がやってきた。

このチャンネルはかなり興味深く、記録意義がある。これだけたくさんの人が応援しているのだから視聴者から仕事の誘いがくるだろうし、投げ銭も増えていくだろう。

法的に罪は償い終えているのだからうまくいって活躍して欲しい。

 

600番は二度と捕まるようなことをしない、と何度も決心している。

再び捕まるようなことになれば、もう信用されることはなくなってしまう。

2度目と3度目以上はあまり変わらないが、1度目と2度目では大きく違う。2度目からは「やっぱりまたか」となってしまう。

●許す文化

世界的に、許す文化が受け入れられている。何度も許すのではない。1度の判断ミスを教訓にして這い上がる者を讃える文化だ。他人の失敗を、明日我が身にも起こり得る失敗として共感する。

●●前科とは?

日本では、逮捕されたことがある人は0.6%ぐらい、1000人に数人の割合だろう。学校の1学年に1人か2人といったところか。

逮捕されて、それから検事に起訴されて裁判になり、有罪判決を受けて執行猶予がつかないと刑務所に入る。

一般に前科何犯といわれる前科というのは、起訴されて、裁判で有罪判決を受けた人(執行猶予付き有罪判決も含む)のことで、逮捕されても起訴されなければ裁判にならないので有罪判決を受けることはなく、前科とはいわない。

前科も逮捕歴も一生警察のデータから消えることはなく、今では国際的に外国入国審査に日本の逮捕歴データが提供されているため、逮捕歴があるとアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなどの主要国、特にアメリカには入国しにくくなる。

 

アメリカ大使館では、日本で逮捕歴がある者は事前に英文に訳した逮捕資料を大使館に提出して入国許可申請をするようにはっきり大きくホームページで告知している。ホリエモンはハワイに4時間半も入国できなかった話をYouTubeで語っている。

 

●これは嬉しい。ホリエモン服役後「10年経って制限がなくった」

 

●ハワイ入国まで4時間半かかったホリエモン 4分39秒頃から

 

●アメリカ大使館ホームぺージより

「この情報を告知しないとどうなりますか?」

「領事や移民審査官に書類や事実について虚偽の申告をした旅行者は米国への入国を永久に許可されないことになります。」

かなり厳しい。

有罪判決を受けた人へのビザ申請

 

覚醒剤経験者は日本で100万人以上いるといわれているので、だいたいどの電車にも1人は覚醒剤経験者が乗っているぐらいの計算になる。刑務所には再犯者が多く、特に覚醒剤の再犯率は6割以上で、覚醒剤は絶対にやめられないと研究でわかりきっている。

 

●前科があると困ること

前科は大企業では興信所に問い合わせて調べるらしいが、どうやって調べるのか定かではなく、どこの企業も公式に身元調査について公表はしていない。

身元調査費用が高いから、今後の採用は現社員による紹介制を取る、とはっきりメディアに向けて発表した有名会社もある。

公務員は採用時に公的な身元確認調査ですぐにわかるらしい。

 

ネットで調べても図書館で調べても前科に関するわかりやすい記述がないからはっきりした定義はないようだ。有罪判決以外に逮捕歴も前科に加えて前科をたくさん増やして公開している有名人もいるようだ。法律家もはっきり断言しない。前科があると警察官など、一部の公務員にはなれないらしいが、警察官になるのが夢であったという前科者は非常に少ない。目立つほどの事件を起こした前科者の子供も警察官にはなれないらしいが、それは適正検査のようなものなのかもしれない。警察官になれなくなって絶望する前科者の息子というのは実際には聞いたことはなく、そういう運命はものすごい低い確率で、どんなことにだって低確率の事故や運命は存在する。テレビで、「息子がもう将来警察官になりたくてもなれなくなってしまった」と嘆いている犯罪者を見たことがあるが、犯罪者の息子が偶然警察官を夢見る確率は低い。何でも悪くとらえる、覚醒剤で被害妄想癖が出ている人だったのかもしれない。

世の中には特殊な当事者しか知ることができないあいまいな噂が多い。

おそらく、大げさにいえば、例えばテロリストの息子や麻薬密売で有名な暴力団組長などの子供を警察官として採用するのは国家情報機密の面からも「問題がある」という単純なことだろう。

 

興信所は尾行調査1週間で50万円以上など、料金が非常に高いので、中小企業は普通利用しない。

 

※前科をいちいち自分から世間に発表する必要はなく、事件がネットや新聞の記事にならなければ一般に知られることはない。前科や逮捕歴を調べる方法も興信所以外全く聞かない。前科の暴露など、ネットの書き込みですら見たこともない。

 

大企業に勤めたり、公務員になる人は成績優秀な上位何割かの人たちだ。

前科がなくても努力したって平均的能力では公務員試験に合格できないし、大企業になんて就職できない。

それほど優秀でもない多くの一般水準の人は前科があっても普通に生活している。例えば、飲食店経営者に前科があっても何の支障もない。飲食店経営者のマスターとじっくり話し込んで仲良くなり信頼されると過去の覚醒剤の話を告白されることは普通によくある。

 

前科があると困るのはアメリカに簡単に入国できないことぐらいだが、アメリカに行ったことがある人なんて全日本人の4分の1もいないだろう。平均的日本人は、特別にアメリカに用事はない。平均的日本人が一生アメリカに行かないでいても何も困ることはない。ほとんどの他の国には普通に行ける。

 

●誰にも言わないこと、誰だって秘密くらいある

言わなくて済むものならずっと誰にも言わないこと。普通の大人なら、誰にも言わないことは誰にだってある。親だって大切な子供の犯罪の話は決して人にしない。私の知っている人にもいるが、我が子が傷つかないように守っている。

 

大切な人に白状したくなるが、その人との付き合いが20年先まで続いているかどうかは絶対にわからない。

 

※もしもバレることがあったらその時また対処するしかないが、いくら調べても、自分から言わなきゃどう考えてもバレようがない。

 

自分から言わないのに前科がバレた人など聞いたことがない。昔から少年院帰りや刑務所帰りを語る過去のある男は多いが、それが本当かどうかさえ調べようがない。前科を証明するものは、おそらく判決文書ぐらいしか手元に残らないし、そんな不名誉なものをいつまでも大事に取っておく人はいないし、いつまでも残していてはそれこそ死んだ後にでも誰かに見られて前科がバレてしまう。

「あえて実名で」「素顔を公表して」、テレビに出て自分から前科を公表するが、前科証明書類を確認することはできない。

 

刑務所時代や暴力団時代の昔の仲間から過去をバラすぞ! と脅されるような、国民的小説家松本清張と吉村昭の小説に影響を受けたようなストーリーのドラマや映画は昔からたくさんあるからそういうストーリーに洗脳影響されているのかもしれない。

 

※前科は自分で言わなければバレないし、前科自体定義があいまいでよくわからず、前科を履歴書に書かなかったことにより罰せられた人など一度も聞いたことがない。前科は本来バレようがないし、自分の前科を証明するのさえ難しい。

 

※わざわざ前科を履歴書に書いていては、短期アルバイトだって採用されなくなってしまう。不動産やへいちいち自分から前科を話していては部屋も借りられない。それでは実際問題働けない。

 

※賃貸住宅は失業しているというだけで、貯金があっても借りられないことが多い。

※UR賃貸住宅は10か月分前家賃を払えば無職でも借りられる。

※都心から電車で1時間程度離れると、300万円台程度のマンションが購入できる。600万円あれば中古1軒屋住宅も購入できる。不動産屋へ聞けばけっこうある。1980年代、バブル時代はマイホーム購入のために片道2時間以上通勤時間につかっている人は普通にたくさんいた。

 

ちなみに大学卒業と学歴詐称している人は昔からけっこういる。ちゃんとした大きな会社では突然、卒業証明書の提出を正社員に求めバレることがあるが、経歴詐称がずっとバレないまま人生を終えた人はおそらくたくさんいるし、坂本龍馬(1836-1867)の時代の先祖の話なんてほぼ全て作り話だと司馬遼太郎の本に書いてある。何しろ経歴資料というものは他人が簡単には見ることができないからわざわざいちいち調べないことが多い。

 

風俗店や水商売の高額アルバイトに適当な経歴詐称履歴書を書く人はすごく多い。採用するお店側も、高校中退だろうが高校卒業だろうがどちらでもかまわない店は多い。厳密な経歴書類としてではなく、面接用、連絡先確認用の提出書類であることは多い。

 

※一説によると興信所では警察関係者や警察OB関係者から前科を調べることができるらしいが、そんな情報漏洩は秘密裡に行われている違法行為であろうから、罪をつぐない終えて社会に復帰している者の機密を漏洩した者こそが告発されるべきだし、これからはそうあるべきだ。

 

周囲の前科のある人を探してみればわかる。なかなか見つからないし、やっと見つけても全員自分から話している人ばかりだ。

言わなくてもいいのに自分からイメージを悪くすることはない。

 

●安部譲二

前科14犯、国外前科3犯、刑務所服役経験8年の作家・安部譲二(1937-2019)は、前科3犯の暴力団組員時代mp1961年に日本航空(JAL)に就職し、国内線国際線のパーサーを務めた。まさか履歴書に前科3犯で暴力団安藤組組員とは書かないだろう。執行猶予中に客を殴り前科とヤクザだったことがバレ、日本航空をクビになった。暴力団時代に日本テレビ系列のキックボクシング中継の解説者もつとめている。

私が高校生の時、学校帰りに立ち寄った池袋のパルコの本屋で安部譲二が作家デビュー作のサイン会をしていた。前科14犯で元ヤクザで背広姿の安部譲二は、学生服の私をさんづけで呼び、頭を下げてお礼を言い、ゴツゴツした手で握手してきた。本を買った一人一人全員に同じように接していた。なんともかっこいい社会復帰の姿であった。

●三島由紀夫が無名時代のヤクザ安部譲二のことを長編小説に描いた『複雑な彼』

 

 

 

昔、1970年代、田原総一朗が『ドキュメント青春』というテレビ番組で、少年院帰りの少年を顔出しでテレビ放送した。少年は社会復帰に失敗し、悪友とともにテレビ放映した田原総一朗を怨み、しつこく嫌がらせをするようになった。テレビ放送後の嫌がらせを小説として発表したのもさすが田原総一朗で『小説テレビディレクター』は傑作ノンフィクション作品となっている。

 

600番は明るい。仲間たちも顔出ししていて明るい。

全編じっくり視聴するに値する。

刑務所帰りの暗さはない。今のところ恐さもない。

うまくいきそうなので、展開が毎回楽しみで、希望にあふれている。

 

貴重な社会ドキュメント資料作品に仕上がっている。

このチャンネルを見守り、応援している人は多い。現在はネットに過去の犯罪ニュースがいつまでも残り、刑期を終えたのに社会復帰しづらくなっている人が多い。そういう人たちも600番のこれからの成功を自分たちの分身として興味津々で見守っているだろう。

 

 

 

 

 

「絶対に社会復帰したい」というテロップ

●カノックスターとコラボ2025.11 再生回数132万!

●歯医者さんとコラボ2025.12

●2026.1.6頃 歯医者さんと2回目のコラボ

 

●街録2026.1.15

 

 

●六本木、新宿でぼったくられた

 

2013年の被害で、ずっと前の事件のようだが、調べて見るとこの手口は今も続いていて、組織は今も変わっていないようだ。

六本木に目つきの悪い客引きがいて、以前から泥酔して歩いている私に声をかけてきた。

一二時過ぎに酔っ払った勢いで彼を訪ね、「初回1時間4千円」と確認してからついていくとやはり記憶が飛んだ。

ほとんど何も覚えていない。睡眠薬を飲まされたのだと思う。

 

●ゴールデン街のおかま

睡眠薬の事件を経験したのは2度目で、1度目は2012年頃、新宿ゴールデン街で目を覚ますとおかまのおじいさんが私のパンツを脱がせてオチンチンをしゃぶっていた。

二日酔いの気持ちの悪さが独特だ。その頃まではゴールデン街には有名なおかまがやっている店がまだあり、しゃぶられる性被害は普通にあり、笑い話で終わることが多かった。警察に届ける人はいなかったが、よく話題になり、ゴールデン街の組合に苦情は入っていた。

もっとも自分からしゃぶられに行く人もいた。

女性への性犯罪は刑務所に入ることになるが、男性への性犯罪は笑い話に終わる。

あの時も体が動かず、一週間ぐらい気持ちが悪く体調が悪かった。まぶたが重くて落ちるような強烈な眠気であの時の気分の悪さに似ている。

 

目が覚めると朝になっていて電車で寝ていた。財布の中の小銭は残っていたが札は全てなくなっていた。

嫌な予感がしたので朝からカード会社に問い合わせてみると、カードをつかった時刻と明細を教えてくれ、その額は計25万円で、ゾッとした。

酔っ払って記憶がなくなることはよくあるが、一晩でこんな大金をつかうことはありえない。

泥酔者をみつけて店に連れて行き、睡眠薬を酒に混ぜて眠らせ、その間にカードと名刺と現金を抜き取り、そして戻しておく。売り上げ伝票に名刺を添付し、本人になりすましてサインすればカード会社も正式な売り上げと認めざるをえない。そんな手口は下調べしてあった。

 

9万円と16万円、カードは2店でつかわれていた。

何も覚えていないので、自分でつかったのかもしれないが、私はスケールの大きな人間ではない。犯罪のにおいがする。シャンパンや高級ワインを頼んだ可能性は否定できないが、2軒目が特に怪しい。

 

カード会社のセキュリティ担当者に相談すると、

「ひどいボッタクリですね」と同情され、勇気が湧いた。

「一軒目だって9万円なんて普通じゃないですよね、こんなにするわけないじゃないですか」

詳細を調べてもらうと、初回1時間4千円の六本木のキャバクラは3時間ていどで9万円、六本木で会計を済ませた45分後に新宿で16万円豪快につかっている。記憶は最初の一時間程度しかない。意識を取り戻したのは地下鉄電車で、誰か女性と田町駅までタクシーに乗った記憶がうっすらとある。眠くて眠くてまぶたが重くて目を開くのが大変で、タクシーで田町の街を通った記憶がある。六本木からタクシーで田町駅にきたのだと思う。田町駅そばの三田駅で電車に乗ったのだろう。

「すごいですね…」

豪快な明細を聞いて我がことながら思わずつぶやいてしまった。

 

カードを読み込むキャットという端末を新宿から六本木にもってくればこういうことが可能になるという。しかも新宿の店の六本木店ということにすれば違法ではないという。

店の名前と電話番号はすぐにわかったが、店の正しい所在地は売り上げ伝票がカード会社に届くまでひと月ほど待たなくてはならなかった。

カードの不正使用を請求書がくるまで気づかない人もいる。

恐ろしくなり、泣き寝入りして忘れてしまおうと思っていると、翌日の深夜一時に知らない番号から着信があり、恐いから出なかった。

さらに早朝五時にまた別の知らない番号から着信があり、寝ぼけて電話に出てしまうと無言で切れた。

そのまた翌日にショートメールがあり、夜中の電話はボッタクリキャバクラ嬢からだとわかり、「覚えてる?」と探りを入れてきた。

こちらも「カードをたくさんつかわれた」とだけショートメールで探り返すと、「え!!!!」と驚いたメールが返ってきたが、どこかわざとらしい。

数日後、またキャバクラ嬢から、

「詳細わかった?」とショートメールがきた。こんなに連絡してくるのだから、私が悪いのかもしれない。しかし、ネットにはこの店のぼったくり情報が書き込まれていた。なんで連絡してくるのかわからない。

なめられるとさらに請求されそうな気がするので警察の名前を出して冷たく突き放すと、「ごめんなさい」と返事がきた。

反撃を開始し、酒を飲んで気を大きくしてからじっくり一つ一つ電話していったが、みなしらばくれている。

怪しい店の共通点は電話に出ても自分の店の名前を名乗らずシーンとしている。

新宿の店に電話すると怒った口調で、「うちの店がですか? ぼったくってない」と女がいう。一六万円分の領収書を送るようにいうと、店に取りにくるようにいわれた。

キャバクラ嬢に電話して、あんな変な店に連れていったのは君か、とたずねると、「一緒に行っていない」という。

何も覚えていないので、早朝の無言電話にも折り返すと、変な女が出て、事情を聞くと、「この間大丈夫だった?」と友人のようになれなれしい。彼女の話によれば、私が大勢をひき連れて新宿に飲みにきたという。

私は子供の時から友達が少なく、友達をつくることができず、大勢をみただけで家に帰りたくなる。

頭にきたから「あなた、これは犯罪だよ」と説教してやろうとすると、

「自分で遊んどいて、後からそういうこというの、みっともないからやめなよ」と逆に諭された。

悪い女は存在する。

警察の名前を口に出すとみな冷静な対応に変わる。

私は自分の行動に自信がもてず警察への被害届けを取り下げたが、捜査が始まればすぐにお金が戻ってくるのかもしれないので強気でいったほうがいい。

怯えたが、恐い人が家にきたり、怒鳴られたというようなことはなかった。

 

新宿の店に行くことにした。

その前にカード会社に電話し、

「これからお金を取り戻しに行きますけど、殺されるかもしれませんのでよろしく」といっておくと、ただちに犯罪認定してもらえ、被害額の半額以上をカード会社が事故処理してくれることになった。

カード利用者にはカードの管理義務があるが、明らかに犯罪であること、警察に被害届けを出すこと、など一定の条件を満たせばカード会社が助けてくれることもある。

私は普段、アマゾンで一円本を買いあさるぐらいしかカードをつかわない。過去のカード使用履歴をみても異常さが目立った。

泥酔しておらず、被害日の行動を自信をもって説明できたらもっとたくさん犯罪認定してもらえたはずだ。

 

ひと月経ち、伝票のコピーがカード会社から送られてきた。

 

※やはり住所は新宿になっている。

 

サインの筆跡をみて確信した。私はあの夜、新宿へは行っていない。

明らかに私の字ではない。私はいつもグチャグチャした汚い漢字でサインをするが、伝票のサインは丁寧な、女性が書いたような字で、絶対に私の字ではない。

私の名刺が伝票に添えられているのが不気味だった。

カード会社の人に電話した。

「やっぱりこれボッタクリですよね?」

「普通、わざわざ売り上げ伝票に名刺なんてはりつけないでしょう? 銀座や池袋でも睡眠薬を飲まされて覚えてないうちにカードで払わされたって話がいくつもきてます。同じように名刺がついていることもあります」

 

※新宿のぼったくりは有名で、支払先は店が加盟している団体の名前になっている。泥酔者をみつけて、勝手にカードを使っているようだ。被害者は多く、ネットで被害を訴えている人がすぐにみつかる。泥酔してカードで10万円払うなんて普通の人にはありえない。

 

睡眠薬使用者によると、酔っ払って睡眠薬を飲むと記憶が飛ぶという。

不正なカード加盟店を排除するためにカード会社にも早急な対応が迫られるが、カード会社ごとに管理している加盟店が違い、店によっては指導できない。

住所を辿って新宿の店を訪ねてみると看板もない人気のない暗いビルの一室で恐くて入ることができなかった。身の危険を感じ、取材を終えた。

名刺を奪われているので彼らは私の住所も電話番号もメールアドレスも知っているが、その後連絡はない。

あちらも深入りすると逮捕される。

カード会社の人によると、どれも一度きりの犯行で終わる。何も覚えていないから泣き寝入りする人が多いのだろう。払えない額ではないし、風俗店である場合もあり、家族に知られたくない人もいる。

 

 

ダイソー300円の腕時計時報の止め方。

●右下Dボタンを押しながら左下Bボタンを押す。

●2つを同時に押している間だけ表示される7つの曜日欄が白くなったら設定OFFになり時報が止まる。

●再度押して7つの曜日欄が黒くなったら設定ONになり時報が鳴る。

●押す度に切り替わる。

ダイソー腕時計時報の止め方:7つの丸が黒なら鳴る

デジタル腕時計、時報設定ON/OFF

※普段の表示では時報が鳴る設定かどうかわからない。