●禁酒に意味はあるか?

 

禁酒が二週間続くと集中力が続くので本がたくさん読める。

興味が湧き出てきて本を読みたくなる。

禁酒中は朝食を食べる。空腹を避けるために何か食べてしまう。空腹時の酒はうまいから、空腹になるとつい飲んでしまう。空腹のチャンスは一日に一回しかないから、空腹をメシで満たすなんてもったいない。

食べてしまえば飲みたい気持ちは消え失せる。

朝から何も食べないで夕方を迎えると、うまい酒が飲める。からっぽの胃が酒を求め、吸収がいい。胃にピリピリとしみ込んでいき涙目になって気持ちいい。

禁酒中はこの快感を避けるために朝起きたらまずは何か詰め込んでしまう。朝飯を食ってしまえばその日はもう最高の酒は飲めない。

朝飯を食べた日に夕方飲む酒と、朝から何も食べないでクラクラした状態で飲む酒の沁み込みは快感が三倍違う。

何か忙しい用事があって朝食を食べる暇がないことがある。気づくと昼食も食わず、夕方になっている。酒飲みはメシを食べなくてもなんとかやっていける。メシを食ったら酒がまずくなることをよく知っているから我慢になれてしまっている。

夕方五時、どこの店も開いている。レモンサワーもホッピーも冷酒もおいしく飲める。

 店によってうまい酒は違うから迷う。そば屋で熱燗、立ち飲み屋でホッピー、立ち飲み屋で飲んだ後、そば屋でもいい。しかし、一杯目はそば屋の熱燗でいきたい。一軒目がそば屋だとしめのもりそばで二軒目の酒がまずくなる。

三時過ぎぐらいから意識してこの時間を楽しみにしていた。そば屋は今ならまだすいている。そば屋に入った時、すきっ腹にそばのダシの香りが鼻から吸い込まれ胃と脳を刺激する。熱燗のうまさが増す。おでん屋のダシの香りにも同じ興奮作用がある。

腹が減って舌も脳も感受性が高まっているから、苦みにも甘みにも敏感で、口に入れるもの全てがうまい。いい酔い方ができることがわかっている。のどが鳴る。

禁酒して何になるんだ? と考える。こんなグッドタイミングは滅多に訪れないから飲んだ方がいいに決まっている。最高においしいことがわかっているのに飲まないなんて不自然だ。

一方、せっかく二週間の禁酒に成功し、酒の抜けた体になったのだからもうしばらく禁酒を続けておきたい。ここらでもう少し体を休ませて健康を回復させておきたい。このまま飲まずにコンビニのおにぎりを一個腹に詰め込んでしまえばうまい酒が台無しになる。

一杯飲んでしまえば禁酒は終わる。忘れていた味を思い出し、そのまま飲み続け、アル中生活に戻る。

二日酔いの救いようのない絶望の中にも楽しみがある。あきらめや絶望に、いさぎよい幸福を覚える。

将来待っているであろう夢のような出来事のために健康を維持しておかなければならない。飲めば飲むほど体は壊れ、酒が本当に飲めなくなる日が近づいている。

いつでも、突然いざという時がきたら痛飲できる体でありたい。体を壊して飲めない、ということにはなりたくない。その日のために禁酒して健康を維持する。

夢のような出来事なんてないのかもしれない。酒を飲まないでいても病気をする人はいくらでもいる。

ずいぶん悩んだが酒場よりもコンビニに行き、おにぎりにかぶりついた。ちっともおいしくないし、全然楽しくない。おにぎりを噛みしめながら、やっぱり飲むべきだったかな、今なら吐き出して飲みに行けるぞ、と最後まで迷った。