●現実をみる目

●司馬遼太郎『胡蝶の夢』2巻

漢方医学は中国の歴史と同様、古代がどっかりと居すわったままで近代がなかった。物を正確に物として見るという精神に乏しく、一個の観念的哲学を通して見るため、西洋医学とはまったく思想も体系も異にし、およそ比較の対象になりにくい。

●司馬遼太郎『胡蝶の夢』2巻

世界でもっとも早く医学的解剖がおこなわれたのは西洋ではなく、中国においてだった。宋代、欧希範という人物が、貢献した。医者ではなく、罪人で、宋朝が医師たちの要請を受け容れ、死刑囚欧希範らの解剖を許し、人体の内景が絵図で把握されるようになった。欧希範ら56体が解剖された結果の内景図が『欧希範五蔵図』で、ただし、多くの努力が払われたにもかかわらず、その図はあいまいな部分が多かった。

在来、医家に伝えられてきた人体構造の理論や伝承と、実際の内臓が相違している部分で、しかも解釈の不可能があると、罪人だから、と目の前の現実より、伝統的な観念論を優先するようなことがあったといわれる。

事実を事実として冷厳に見るという態度が、儒教社会に欠けていた。社会的な哲学上の姿勢が先行した。停頓している社会というのは、そういうものであるといっていい。