●司馬遼太郎入門

司馬遼太郎は読者にわかりやすいように歴史小説を書く。

歴史を全然知らない私でさえ、時間をかければ読める。じっくり読み、歴史の事柄や人物を覚えれば覚えていくほど司馬遼太郎の小説が面白くなる。本当にこんなにたくさん面白い人が存在したのか、と思えるほど魅力的な人物が登場してくる。

司馬良太郎が描くから魅力的な人物になっているのかもしれないが、そいうことも司馬遼太郎の小説しか読んでいたに私にはまだわからない。

幕末小説だけでなく戦国時代の司馬作品も読んでみたい。ひょっとしたら時間をかければ司馬作品は全部読めるのかもしれない。それほど司馬作品はわかりやすく書かれ、ところどころに中学生でもわかるように基礎的な説明も書かれている。

日露戦争について書かれた『坂の上の雲』は難しかった。私のような人間が知らなくてもいいロシアの武器や火薬量のような話が多過ぎて頭に入りづらかったが、『坂の上の雲』は司馬作品の中でも特に歴史資料に忠実で事実をそのまま伝え残すように書いているので、細かい武器資料についてもきちんと記述したかったのだろう。それでも時間をかえれば読み通すことができた。

私は幕末についても全然知らなかったが、今は幕末についての司馬作品を全部読みたいほどに幕末は面白い。

 

●1863年 加茂行幸。高杉晋作「よー! 征夷大将軍」。長州藩外国船に砲撃

●1863年 8月18日薩会によるクーデター

●1864年 池田屋事件。京都焼き払い計画、松平容保暗殺計画失敗

●1864年 蛤御門の変

●長州藩が外国四か国と交渉

●第一次長州征伐。長州藩は佐幕政権になる。

●高杉晋作クーデター。たった18人で長州藩の海船3隻を奪ってしまい、伊藤博文がびっくりした。坂本龍馬も「長州藩は面白い」と喜んだ。高杉晋作はまだ27歳

●第二次長州征伐(幕長戦争)

・周防大島を幕府軍に占領される

・高杉晋作がオテントサマ丸で夜襲し周防大島を取り返す

・高杉晋作勝ち続ける

●1866年 薩長同盟

●1867年 大政奉還

 

簡単で重要な流れを身につけると読みやすい。この流れに、人物や出来事を流していくと次から次に山場ができて小説が面白い。

間違っているかもしれないが、歴史の流れや仮説が身につけないと考えが進まず、読書も進まない。間違いに気づいて記憶が修正されると気持ちよく、記憶がよる強くなる。

まずは読み進めていくしかない。

司馬作品一番人気で、多くの人が最初の司馬作品に出会う『竜馬がゆく』で坂本龍馬を好きになる。小説作品だから龍馬は竜馬とした。

ソフトバンクの孫正義も何度も『竜馬がゆく』からの自らの人生への影響を語っている。

『竜馬がゆく』を読んでいくうちに高杉晋作も好きになる。大好きになっていき、『世に棲む日日』も読まずにはいられず、高杉晋作の大ファンになる。

三菱の岩崎弥太郎をもっと知りたくなる。千円札でしか知らなかった伊藤博文の強運がすごい。いつも女郎と遊んでいる。伊藤が偶然選んだ道はなぜかいつも栄光につながっている。死を覚悟して選んだ道も、栄光につながる。

司馬遼太郎の小説には本物の友情がある。損得で付き合うのではない。お互いを刺激し合い、高める。志がつくった一本道を歩いていく。天命を信じ、命をかえりみず、一本道を歩いていき同じ志の友たちと出会う。

司馬遼太郎が描くから面白い人生ばかりになってしまうのかもしれない。司馬作品をどんどん読みたくなり、本を買いに行く。司馬遼太郎の掌だと思いながら、もっと読みたい。

『十一番目の志士』の主人公は実在しない。モデルもいない。他藩には有名な刺客がいたが、長州藩にはいなかった天才人斬りを司馬遼太郎が想像で作り出して物語を作ったが、他の小説と同じように面白い。架空の主人公天堂晋助は高杉晋作や坂本龍馬や伊藤博文に出会い、会話するが、想像とは思えない。もし司馬が本当といえば、信じてしまうほど興味深い。教養のない人が小説を書くと違和感と稚拙さがはっきり表れるが、司馬遼太郎が書くと、もっと読みたい。時代設定を熟知しているから架空の小説も作り出せてしまう。

高杉晋作は、いろいろなことが確定している今ではありえない活躍をした。将来を切り拓く。高杉晋作にしかできない。龍馬よりも痛快で面白く、まるで植木等の映画のような人生を送った。

死ぬ直前に「面白きこともなき世をおもしろく」と辞世の歌を詠んだ。晋作は幕府軍に勝利し、小倉城を奪った時に自分の活動期の終わりをさとっている。まだ27歳というのも高杉晋作の魅力である。英語を話せないのに外国人とうまく交渉し、高杉側を有利にし、外国人を黙らせた演技力は現実の話とは思えない。晋作は自分が相手にどう映っているかを考えながら行動した。人生が面白い映画のようになっている。

坂本龍馬は31歳で暗殺され、高杉晋作は27歳で肺結核で死んでいる。坂本龍馬も高杉晋作も死や刺客を恐れずに目的地に向かって突き進んでいったが、運命が彼らを殺さなかった。勝海舟も秋山兄弟も、司馬作品の登場人物は死を恐れずに目的に向かってつき進んでいく人が多いがみななかなか死なない。死を恐れずに目的に向かう姿に読者は感動する。司馬遼太郎のファンになる。他にも魅力的な人物がたくさんいる。司馬遼太郎が膨大な資料を読み、司馬の脳で解釈吸収後、面白いところだけを読者にわかりやすい文章で伝える。

司馬作品を読んでいると、多くの日本人作家が司馬作品に影響されていることがわかる。あの作家はここを読んだな、とわかる時がある。作家も司馬遼太郎作品を読んで勉強している。作家といっても死後埋もれていく作家ばかりだが、司馬作品は資料価値が高く、会話想像力、文学的表現力に優れているので、いつまでも読む価値が下がらない。司馬自身が歴史上の登場人物の熱い思いを熱く受け止めている。その熱さが言葉にみなぎっている。

悪いと判断した人物の人間性ははっきり否定するから子孫は怒っているだろう。

日本人が誇るべき人物を司馬遼太郎は見逃さない。当時彼らがしたであろう会話を想像し、より魅力的に仕上げて、読者に紹介する。

司馬遼太郎が小説を書く一番の理由は「なぜ日本人はこんなに馬鹿になったのか?」を明らかにするためである。司馬自身戦争に出て、敗戦を経験し、その疑問を強くもった。