さみしかったね、おかあさん。 | きれいで美味しい私のビューティフルライフ

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胸をタッピングすると、奥のほうに固い壁のようなブロッケージがあることが分かりました。

「スッゴイ大きいな、、」

たたいて、たたいて、ハ~、長い呼吸をします。


そのうち、何だか悲しい気持ちになってきました。

胸の奥から、さみしい、なかしい、、って出てくるんです。

更に続けて、その思いに浸っていると、うえ~~ん、、って泣きたくなってきます。


「おかあさん、、」

ふと口から出てきた言葉にビックリ!

私の心の中に、まだ母を慕う思いが、胸のずっと奥のほうに残っていたんです。


母がなくなったのは、私が30代半ば、その1年前には父も他界。激動の時でした。

そのとき、ハッと気が付いたのは、私の母も30代半ばで母親を失くしたってこと!

母は小さいときに父を失っていましたから、母(祖母)は本当に心の頼りだったと思います。

30代半ばで両親共に失っていた母、その寂しさを口にすることはなかったけど、

どんなに寂しかっただろうと今にして思います。

父の両親とも同居でしたが、結構長生きでしたから、娘の世話をする義母を見ながら、、

どんなに嫉妬していただろうって、今更ながら思います。


寂しさと、嫉妬と、怒りを胸に秘めていた母。

自分勝手な父と、障害を持つ妹、、母の苦しさが伝わってきました。


その反対に、父にも苦しみがありました。


父が亡くなる少し前に聞いたことがありました。

「お父さんは昔から自分勝手なことばっかりして、お酒飲んで何日も家にも帰ってこなかったりして、

どうしてそういったことしてたの?」

「、、、、」

長い沈黙のあと、父はこう答えました。

「お母さんがうるさかったから、帰りたくなかった、、」


寂しさと嫉妬と怒りでいっぱいだった母、その母の苦しみを理解できず避けていた父。

今、その双方の苦しみを受け入れられたような気がします。

やっとわかってあげられたよ!おとうさん、おかあさん。




ワイキキのビルディングを包むような虹たち。ダブルレインボーです。