※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全てフィクション

 

 

 

 

玄関の鋼製扉は、いつもより重たそうな色に見えた。

 

両手にそれぞれ下げていた紙袋とビニール袋を右手にまとめて持ち直し、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 

時刻は午後十時半を回っていた。

 

いつもなら大野と交代で風呂に入っている頃だ。

 

再び目の前のドアに視線を戻す。

 

大野はまず間違いなく家にいるだろう。

 

会うのが怖い。

 

大野が自分をどんな顔で出迎えるのか、何を言われるのか見当もつかない。

 

散々連絡を無視してしまったのだから、それを𠮟られるのは覚悟しているが──大野がサポーターをやめることを、和也がこの家を出なければならないことを、大野がどんなふうに自分に話すのかと考えると怖くてたまらなかった。

 

……俺はいつからこんなに憶病になったんだろう。

 

なにも死ぬわけでもないのに。

 

死ぬわけではないが、少しでも気を緩めると心臓がぼろぼろに崩れてしまいほうなほど胸が痛い。

 

ゆっくりと息を吐き出す。

 

こうしていても仕方がないと、意を決してドアノブに手をかけた。

 

鍵はかかっていない。

 

ドアを開けて中に入った瞬間、見慣れた茶色の髪が目に入って心臓が止まりそうになった。

 

電気がついていない薄暗い廊下の、上がり框のすぐそばに、大野が壁を背にして座り込んでいるのだ。

 

暗がりの中で、紺桔梗色の双眸が和也を鋭く見据えている。

 

驚きのあまり何も言えずに立ち尽くしていると、大野は無言で立ち上がり、和也の右腕を掴んで強く引いた。

 

前方に転びそうになり、うわっと声を上げたところで大野の胸に抱きとめられる。

 

手にしていた紙袋とビニール袋が床にどさりと落ちる。

 

スニーカーを履いたままの足が上がり框に引っ掛かっていた。

 

大野から体を離し、もぞもぞと足を動かしてなんとか靴を脱ぐ。

 

 

「怪我は」

 

 

大野は和也の右腕をつかんだまま、低い声で短く問う。

 

 

「あ、ありません」

 

「具合は。悪くなっていないか」

 

 

こくこくと頷くと、大野は至近距離から和也の顔を舐めるように見つめた。

 

顔色を確かめるような間があった。

 

こんなに暗くては分からないだろうが。

 

 

「……カズは、俺を不安にさせて、楽しいか」

 

 

ため息混じりの大野の声は、問いかけの形を取ってはいるが、はっきりと和也を責める響きを帯びている。

 

かっと頭に血が上るのを感じた。

 

 

「楽しいわけ、ないじゃないですか」

 

 

語尾が震える。

 

ほとんど睨みつけるような大野の眼差しが怖いからではない。

 

猛烈に腹が立っていた。

 

 

──不安だって? 不安っていうなら俺のほうこそ、どれだけ不安だったか。

 

 

「なんで智さんが不安になるんですか。俺がいない方が、智さんにとっては都合がいいんじゃないですか」

 

「カズは何を言ってるんだ?」

 

 

大野の声が怒気をはらんでいた。

 

 

「俺が今日、どれだけカズを捜し回ったと思う。カズがまたどこかで倒れているんじゃないかと、俺は」

 

「それは智さんが俺のサポーターだからでしょう」

 

 

大野の言葉を乱暴に遮ってしまってから、自分が放った言葉に内心深く恥じ入った。

 

これではまるで駄々をこねる小さな子どもだ。

 

 

──だいたい俺は智さんの何に怒ってるんだ。落ち着け、智さんは何も悪いことなんてしていない。自分勝手な感情を押し付けるな。

 

 

頭のどこかで冷静にそう考える自分もいるが、口は止まってくれなかった。

 

 

「さっ、智さんは、サポーターをやめたいんでしょう。俺にこの家から、出ていってほしいんですよね」

 

 

目を見開いた大野の口から、動揺したような小さな呻きが漏れる。

 

和也は唇を噛み締め頭を振った。

 

 

「いいんです、当然です、智さんには智さんの人生があるから。……いつまでも一緒にいられるわけはないし、半年間も助けてもらっただけで十分ありがたいことだって、そう思ってます。ちゃんと分かってます。本当です。でも」

 

 

──だけど、俺はあなたといるのが好きだったから。

 

 

「……さ、……寂しくて……」

 

 

限界だった。

 

和也はさっと顔を伏せ、忙しなく瞬きを繰り返した。

 

齢十九の男として、消えてしまいたいほど恥ずかしい。

 

恥ずかしいのに、それを上回る胸が張り裂けそうな情動が全身を支配している。

 

思い知ってしまった。

 

この人とずっと一緒にいられるはずがないと、頭でいくら分かっていても、そんなことを自分はけして飲み込めないのだと。

 

 

──俺は、ずっとこの人をそばで見ていたい。

 

 

この人のようになりたい。

 

そしてこの人の、唯一の相手になりたい。

 

 

 

 

続く

 

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