※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全て妄想
多めに作りすぎてしまったサンドイッチを二人で難なく──その多くを大野が──平らげたあとは、持参したシートを敷いて日向ぼっこをしたり、鳥の姿を捜しながら木立の間を歩いたり、のんびりとした時間を過ごした。
随分長いこと屋外にいたから少し日焼けしてしまったらしく、その夜のシャワーはなかなか沁みた。
大野が風呂から上がるのを、最近はリビングで待つようになった。
ソファに掛け、そばにある本棚を何の気なしに眺める。
上から下までぎっしりと本が詰まっている。
遠くで唸りを上げているドライヤーの音をBGMに背表紙を目で追っていくと、そのラインナップは和也の実家のそれとは随分違っているようだった。
ざっと見たところ、やはり第二性に関する書籍が多い。
他には小説が一段分くらい、歴史書と写真集のようなものが数冊ずつ。
ポケットサイズの図鑑もある。
「あまりまじまじと見られると少し恥ずかしいな」
「わっ」
至近距離から突然大野の声がして飛び上がった。
振り返ると風呂上がりの大野がソファの後ろに立っている。
そういえばドライヤーの音がいつの間にか止んでいた。
「本棚を見られるのは、頭の中を覗かれている気分になる」
眉尻を下げて苦笑しながら、大野はソファの前に回り込んできた。
和也のすぐ隣に腰掛ける。
「す、すみません。そんなつもりじゃ……」
「冗談だ。興味のある本はあったか?」
俺には難しそうな本ばかりで──と言いかけた口を噤む。
さすがに恥ずかしい。
実を言うと和也にはそれほど本を読む習慣がなかった。
小学生の頃からきょうだいの世話や家の手伝いで忙しく、あまり自由になる時間がなかったのだ。
「第二性の本がたくさんあるなって思って見てました」
そこでふと思い出したことがあった。
少し前の松本との面談の際、和也は松本に尋ねてみたのだ──αやβ、そしてΩのことについて。
未分化と診断されて以来、昔より多少は第二性に関する知識が増えたとはいえ、あくまでも一般的なことしか知らない。
Ωは男女問わず妊娠でき、発情期になると多量のフェロモンを放出すること。
αとΩは番(つがい)になることができるということ。
番になる方法は、αがΩのうなじを噛むことだということ。
Ωは生涯に一人のαしか番になれないが、αはそうではないということ。
もっと色々なことを知っておきたいんです、これから自分がどうなるのか分からないけど、ちゃんと考えて生きていくために──そう頼んだ和也に、松本は笑みを浮かべ、そういうことは大野さんに聞くのがいいですよと答えた。
──僕がお話できるのは医学的なことだけなので、きっと二宮君がもう知っていることばかりです。大野さんはもっと幅広い視点から第二性のことを研究していますから──
「……俺、もっと第二性のことを知りたいんですけど、大野さんの本、少し読んでみてもいいですか」
「もちろんだ」
ソファから立ち上がり本棚に近づく。
並んでいる本の背表紙を指でなぞっていると、大野もすぐ隣にやってきた。
和也の指が辿る場所を一緒に眺めているようだ。
「それはΩへの差別の歴史について書かれた本だ。その隣は海外の社会実験の記憶だ。αとβとΩの比率を操作して共同生活を送るという」
「あ、これ未分化って書いてありますね」
青年期未分化症候群症例ファイル、というタイトルの背表紙の上で指を止める。
背表紙の縁に指を引っ掛けたところで、大野が和也の手を掴んだ。
驚いて手を離すと、大野もはっとしたように手を引っ込める。
すまない、と謝られた。
「……松本からも聞いていると思うが、第二性微期以降に未分化と診断される例は極端に少ない。数が少なすぎて、あるケースが他のケースに当てはまるのかどうか、全く当てにならない」
何の話だろうと首を傾げる。
だが大野の珍しく歯切れの悪い話し方と表情から、少し考えて気がついた。
恐らくこの本に書かれているケースでは、患者はあまりいい結末を迎えなかったのだ。
「亡くなる人がいるということは地元にいた頃に医師から聞いています」
だからそんなに気を遣わないでほしい──そんな気持ちで意識的に口角を上げて言葉にする。
しかし大野は頬を強ばらせた。
まるで傷ついたような顔だった。
本当に優しい人だと思う。
続く
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