※大宮妄想小説です
ニノちゃんお誕生日企画として短編を綴りました
リアル設定のようで、そうでないような……ゆるりとお読みください
二話完結、最終話
忘れていたわけじゃない。
ただあれ以来、お互い一言も触れずにいたことだから、大野さんは忘れているのかと思っていた。
俺は途中から考えないようにしていた。
時間が経つにつれ、あれは方便だったのではないかという考えが首を擡げてきたからだ。
大野さんは男の俺ではそういう気にならないのかもしれない。
また拒まられたら、正直心が折れそうだ。
せっかく楽しく過ごせているのだから、無理にしなくてもいいんじゃないか───
「……いいの、本当に。大野さんは──大野さんも、俺としたいと思ってくれてるの」
蛇口の水が止まり、静寂が戻ってくる。
大野さんは手を拭きながらテーブルの上にちらりと視線を投げた。
「そういうつもりでいたから、酒もそれにしたんだ」
「え?」
「酔ったニノも見てみたいが、酔ったニノを手籠めにするのは気が引ける」
「て、ごめ……って」
真顔でなんてことを言うんだ、この人は。
顔が熱い。
体も熱い。
遅れてアルコールが回ってきたのだろうかと疑うほどに。
大野さんがキッチンを出て近づいてくる。
今日の約束をしたときも、お酒を飲んでいるあいだも、大野さんはいつもと変わらない様子だったのに──ずっとそういうつもりでいたのだろうか。
大野さんの手が伸びてきて、思わずびくりと体が動いてしまう。
……が、その手は俺の頭上を通り過ぎ、テーブルの上の空き缶をひょいと持ち上げた。
「こういうものは初めて飲んだが、なかなかうまいものだな、色んな味があったから、飲み比べてみるのも楽しそうだ」
これまでならなんともなかった距離なのに、少し体が近づいただけでドキドキしている自分が情けない。
大野さんはなんでそんなに平然としていられるんだと、八つ当たりめいた悔しさが湧き起こる。
「……大野さんまで俺につき合わなくても良かったんじゃないの? お酒、弱くはないんだよね」
大野さんはお酒が飲めない人の前では飲まないと決めているらしい。
だから今日は、ついに酔っ払った大野さんが見られるかもと少し期待していたのに。
「弱くはないが、強い酒ばかりが好きというわけでもない」
俺が拗ねている気配を察したのだろう、大野さんは空いているほうの手であやすように俺の頭を撫でた。
二十歳になれば大人。
そう言ったのは大野さんなのに、やっぱりどこか子供扱いしている。
「それに最初は丁寧に優しくしたいからな」
「え……」
長い睫毛に縁取られた紺桔梗色の瞳が、意味ありげな笑みを浮かべる。
「ニノに、いいものだと思ってもらいたいし、できたら次もまたしたいと思ってもらいたい」
頭を撫でた手がするりと滑り、頬に落ちていた髪を耳にかけてくれる。
そのついでのように耳に触れる。
指先が軟骨のくぼみを辿り、耳朶を軽くつまんで行き過ぎる。
頭がぼうっとした。
「……酔うと、優しくなくなるの?」
「そういうこともあるかもしれない」
想像できない。
だけどたったいま触れていた指先の熱は、確かに俺の知らないものだった。
いま俺を見つめる眼差しの甘さも。
お酒なんかより、大野さんのほうがずっと刺激が強いと思う。
この人のことを、きっと俺はまだ本当には知らないのだ。
「なら、次のときは一緒に酔ってみようよ」
大野さんが意表を突かれたように目を見開く。
やっぱり俺は少し酔っているのかもしれない。
いつもなら躊躇うようなことも、するりと口から出ていってしまう。
「優しくない大野さん、見てみたい。俺にだけ見せて」
喉の奥で小さく呻くような声がして、大野さんの表情が大きく歪んだ。
初めて見る顔だ。
驚き半分、嬉しさ半分、もっとよく見ようと覗き込んだが、大野さんはすぐに顔を逸らしてしまう。
「………………水を飲む」
珍しく荒々しい手つきで空き缶を回収し、大野さんはキッチンへ引っ込んでいった。
優しくない大野さんってどんな感じだろう。
俺が泣こうが喚こうが、朝までずっと離してくれない……とか?
あれこれ想像してしまい耳まで真っ赤にしていると、やがて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し勢いよく呷る音と、ため息混じりの呟きがキッチンから聞こえてきた。
三パーセントでも怪しい──そんなふうに聞こえた。
終
19歳の好奇心旺盛な時期に一年近くお預けされたら……これくらいは妄想するかも、と思って書きました💙💛
よろしければご感想いただけると更新の励みになります
・新規の読者さん、よろしければ「いいね」で応援してくださると大変励みになります。
・アメンバーさんに限っては、お知らせ記事を含め、一話ずつ「いいね」お願いしますね。
月曜日に行うアメンバー募集は現アメンバーさんを含めた全員に行うものです。
お見逃しのないよう、どうかご注意ください。