※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全て妄想

 

 

 

 

和也は鳥の声が好きだという。

 

これも手紙で知ったことだ。

 

彼の家のそばの山には、鳥がたくさん棲んでいるのだそうだ。

 

それを聞いて大野も鳥の声が聴きたくなった。

 

鳥というのはどこにいるものだろうと休日にあちこち歩き回ったが、答えは意外と身近なところにあった。

 

家のすぐそばの公園である。

 

広大な敷地内に池もカフェもある有名な公園だが、大きな木々が立ち並ぶ比較的静かなエリアもある。

 

そこを歩いていると、高い木の枝のそこかしこから、チチチとかチュンチュンとか、歌うような喋るような鳴き声が聞こえてくるのである。

 

休日に出掛けていってその声に耳を澄ませては、和也のことを考えた。

 

どうしても辛くなったとき、山に登って鳥の声を聴くのだと言っていた、十七歳の少年のことを。

 

明るい緑色の葉が陽光を透かしてきらきらと光る。

 

木漏れ日の中に響く鳥の声がふと止んだかと思うと、小さな羽根の音とともに声の主らしき影が頭上に見え隠れする。

 

ぼんやりと見上げる男を揶揄っているようにも、ただ気ままに遊んでいるようにも見える。

 

人間はままならないな──そんなことを思った。

 

第二性というものに、散々振り回されている。

 

和也は平穏な生活を現在進行形で脅かされているし、今後無事に分化したとしても、それでめでたしめでたしとは限らないのだ。

 

βであればともかく、αもΩも、環境次第ではどうしてもいくらかの生き辛さは避けられない。

 

どうにかしてやりたい、と思う。

 

それはかつて、川に流されそうになっていた子犬を救出してシャンプーをしてやったあと、ふわふわとした毛並みの輝きを目にしたときの気持ちに少しだけ似ていた。

 

あの子を守ってやりたい。

 

これ以上辛い思いをしてほしくない。

 

あの子が幸福な人生を送るための手助けができるのなら、どんなことでもしてやりたい。

 

結局のところ、自分は俗物であったのだ。

 

顔も知らない誰かのためには、義務感による努力しかできなかった。

 

センターの業務を手伝うことで、自分がすることの先に誰がいるのかを目にして初めて、その努力に意味があるのだと心から思えるようになった。

 

そしていま懸命に生きている一人の少年の輪郭が、進むべき道筋を照らしてくれた。

 

あの子が安心して、どこへでも自由に飛び回れる世界。

 

夢物語かもしれない。

 

そんなものを実現するには百万歩の道のりがあるだろう。

 

だがしかし、たった一歩でも二歩でも、自分がそれに寄与できるのなら。

 

 

 

 

学ぶ目的に迷いはなくなったが、それはそれとして、憂鬱の種は生活のあちらこちらに転がっていた。

 

第二性は非常にデリケートな情報であるため、本来は家族や恋人でもなければ、ある人がαかβがΩかなど知らない。

 

知り得ないはずである──表向きには。

 

実際にはどこからどう漏れるのか、それとも憶測によるものなのか、大野がαであることは学内でも周知の事実だった。

 

地元にいた頃に比べればいくらかましだが、αが希少であることは東京でも変わりがない。

 

好奇の目から完全に逃れることはできなかった。

 

頻繁に向けられるやっかみも、何を期待してか媚びを売られる不快感も、遠巻きにされる居心地の悪さも、もうお馴染みのものだ。

 

それらに加え、男女問わず明確に性的な目的を持って近づいてくる人間もぐっと増えた。

 

そういう年齢だからだろう──まだ学生とはいえ、将来を真剣に考える時期でもある。

 

多くの人間は、優秀で有望な伴侶を得たいのだ。

 

大野としては、己が特別に整った容姿をしているとは思わないし、学業成績がいいのは単にそれだけの努力をしているからで、αであることとは関係がないと考えていた。

 

だがどうも周囲は違った見方をしているらしい。

 

正直に言って、あまり愉快な気持ちはしなかった。

 

ろくに話をしたこともないのに、αだからとすり寄られ、生々しい欲を向けられるのは。

 

母が手紙で、智には好きな人はいないの?   などと尋ねてきたのもこの頃だった。

 

母なりに息子の将来が気になってはいたのだろう。

 

そういった話に辟易していた大野は、生憎と良い巡り合わせがない、いずれ適切な時期に必要と判断したら見合いでもしようと思う──そんなような返事をした。

 

母からの返事は、珍しく一週間もしないうちに届いた。

 

 

「番う、ということの本質を見誤ってはいけませんよ」

 

 

母の言葉の真意はよく分からなかった。

 

 

夏休み中に学内の別のαが事件を起こした。

 

大野はそのαを知らなかったが、それなりに大きく報道されたため大学でもしばらく騒ぎになり、そのαも名前と写真も大野のところまで流れてきた。

 

男だったことだけは覚えている。

 

事件の内容はシンプルだ。

 

彼は知人女性を襲ったのである。

 

被害者の女性はその後入院したが、様々な検査をする中で、元々αだったはずの彼女の体がΩに変化していることが分かったという。

 

そういう現象があることは、本で読んだことがあった。

 

αが性的な手段をもって、同じαを無理やりΩに作り変えることができるのだと──だが本で紹介されていたのは何十年も前の海外での事例だった。

 

まさかこんな身近に起こるとは思いもよらなかった。

 

一部の学生は面白がってセンセーショナルに騒ぎ立て、犯人の周囲の人間は口を噤んだ。

 

秋の終わりごろまで続いた騒ぎの中、誰にも言いはしなかったが、大野は静かに動揺し、憤っていた。

 

 

──こんなもの、獣となにが違う。

 

 

自分がαであることが、やはりどうにも受け入れ難かった。

 

 

 

 

続く

 

 

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