※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全てフィクション
和也から手紙が届いたのは、彼とやり取りを始めて一年と少し経った頃だった。
その日、大野は講義を終え、いつものように第二性包括支援センターの事務局の建物を訪れた。
そしていつも使っているデスクの上に、見慣れぬクリーム色の封筒を見つけて眉をひそめた。
宛先は大野ではない。
単にセンターの相談窓口宛てになっている。
なぜここに──と封筒をひっくり返して息を呑んだ。
やや丸みの文字で、二宮和也、と記されている。
なるほど、差出人の名前を見て、担当者である大野が使うデスクに置いたのだろう。
机上に放置するとは少々不用心ではないかと思うが、そもそも相談者から手紙が来ることなど皆無といっていいので、受け取った人間もどうすべきか分からなかったのかもしれない。
なにせ手紙である。
郵便制度は十年以上前、大幅にサービスが縮小された。
あまりにも利便性が低いので、今や個人が郵便を使うことはほとんどない。
大野自身も、知人や友人から手紙を受け取ったのは、記憶にある限り小学生の頃が最後だ。
いったいなぜ手紙など──戸惑いつつ封筒の中身を取り出すと、封筒と揃いの色の便箋が二枚。
手紙の内容は簡潔だった。
できればメッセージとは別に、時々こうして手紙を送らせてほしい。
センターからの返事は手紙でなくても構わない、というものだ。
二枚の便箋のうち一枚は白紙だった。
添え紙というものだろう。
手紙に目を通しても、やはり首を傾げてしまう。
ともかくセンターの職員に報告し、どうすべきか指示を仰いだ。
大野の報告を受けた職員は、やはり大野と同じように首を傾げつつ、まあ記録に残しておいてくれれば構いませんよと答えた
大野からの返事も、データを残してさえおけば手紙で送っても構わないという。
「便箋はどこで売ってるんだろうな」
いつもの業務に当たりながら独り言のようにぽつりと呟いた声を、すぐ横でキーボードを叩いていた櫻井は聞き逃さなかったらしい。
「そんなの、キャンパスの売店でも売ってるだろう」
大野は思わずぐるんと勢いよく櫻井に向き直った。
「そうなのか。よく知ってるな」
「それより、手紙というのはその未分化の子どもに宛てるものか? 便箋くらいセンターに請求して支給してもらえばいいんだよ」
その言い分ももっともだが、返事そのものはメッセージでも事足りる。
わざわざ手紙を送ってくれたのだから、返事も同じ形で返したいというのは大野の勝手な希望なのだ。
帰りがけに便箋を入手し、帰宅してから寝るまでのあいだに返事を書いてしまおうかと考えてから、はたと手が止まった。
自宅にある筆記具は、味も素っ気もない四色のボールペンと、使い古した単色のボールペンくらいだ。
文字は書けるが、それだけの代物である。
誰かに手紙を書くのにふさわしいだろうか、と考えてしまった。
翌日、キャンパス内のカフェで松本と昼食を共にしたとき、松本の胸ポケットのペンに自然と目が行ったのは、そんな前段があったからだろう。
ボディは細身でシンプルな形状のようだが、蝶の形をした飾りがついている。
飾りには藤色の石が埋め込まれ、控えめにきらりと光っていた。
「美しいな」
思ったままが口に出ていた。
真向かいに座る松本は数秒のあいだ真顔のまま静止し、大野の視線の行き先を確かめてため息をついた。
「大野さんは主語述語目的語をきちんと使ったほうがいいですよ。もし俺が女性だったとしたら、あらぬ誤解が戦争を生みます」
「随分と物騒なことを言うな。何の話だ?」
「分からないなら結構です。ペンが気になるんですか? 少し前から使ってるものですが文字が滑らかに書けてお勧めですよ」
確かに見覚えがないわけではない。
だがこれまで特別に意識していなかったのだ。
「いま少し良いペンを探しているんだ。それはどこの店で買ったんだ?」
「ああそれなら、このすぐ近くの店だと聞きましたけど」
聞いたということは、松本が自分で購入したわけではないということか。
「誰にだ?」
「櫻井さんです」
……なぜ櫻井が松本にペンを贈ったのだろう⎯⎯素朴な疑問に首を傾げていると、知りませんでしたか? 俺たち付き合ってるので、と顔色一つ変えずに爆弾発言をされた。
「そ、それはいつからだ?」
「まあ人のことはいいじゃないですか。それより店のことですけど、正門を左に行ったところにある花屋の二軒隣の店です」
幼馴染みと後輩の二人にいったいどんな経緯があって付き合うようになったのか──同性同士の恋愛に偏見はないが、いつの間にそんな仲になっていたのだろうかと思う。
だが松本はこれ以上口を割る気はないようで、珈琲を片手に鞄から取り出した小説を読み始めた。
知りたいなら櫻井に聞けばいいのだし、それよりも今は店のことだと思い直して椅子から立ち上がりかけていた腰を再び下ろす。
そうして松本が丁寧に教えてくれた店で、大野はその日、手紙を書くためだけにペンを新調した。
青いボディに、青い目をした鳥の飾りがついている。
気の良さそうな中年の店員が、爽やかなお兄さんのイメージぴったりねと勧めてくれたものだ。
こうして便箋を買い、筆記具も買い、満を持して和也との文通が始まった。
続く
※手紙を書く上でのマナーの一つに添え紙を入れるというものがあります。
添え紙の由来として、「裏側から透けて他人に読まれないための心遣い」や「短文の手紙は失礼にあたるとされたことから“文面は一枚で終わってしまったが、本当はもっと書きたい”という気持ちを白紙であらわした」などがあります。
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