※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差や大宮の家族構成など全て妄想
食べ終わったパスタ皿を二枚重ねてシンクに置いた。
スポンジが二つある。
白色のものと、灰色のものだ。
「どっちのスポンジを使えばいいんだ?」
「ああ、食器用は白いほう。灰色のやつは掃除用」
テレビのチャンネルを変えながら相葉が答える。
頷いて、白色のスポンジに洗剤を含ませた。
「ニノのスマホ、めちゃくちゃ鳴ってたけど大丈夫なわけ?」
相葉の視線はテレビの画面を向いたままだが、和也の表情を気にしている気配があった。
んー、と曖昧に返事をする。
病院の中では辛うじて速歩きにとどまっていた足は、病院の玄関を出ると同時に勢いよく駆け出した。
そのまま講義棟の前を走り抜け、大学から最寄り駅へ歩いている途中の相葉を捕まえたのだ。
家に行かせてくれと突然頼み込んだ和也に、いきなりなんだよと相葉は目を白黒させていたが、「家に帰りづらくて」とだけ言うとそれ以上は聞かず、まあいいよと頷いてくれた。
相葉のアパートは大学の最寄り駅から電車で数駅のところにある。
ぼうっとした頭のまま、買うつもりでいたからというだけの理由で、駅まで行く途中にある行きつけのパン屋で食パンを買った。
それから二人で電車に乗った。
押しかけた詫びに夕食を作って二人で食べ終わったところである。
時計の針はもう八時を回っている。
スマートフォンが何度も震えていたことにはもちろん気づいていた。
相手が誰かももちろん知っていた。
知っているから出られなかったのだ。
「ニノさあ、泊まってくの? 俺は別にいいけどさ、布団ないよ」
「うん……ソファを貸してもらえれば大丈夫。ごめんな」
「いやだから俺はいいけどさ。大野さんは大丈夫なのかよ」
テーブルの上に置いたままの和也のスマートフォンに、相葉はちらりと目を落とした。
和也は再び曖昧に返事をする。
そのまま押し黙っていると、相葉が三回目の「いいけどさ」を口にした。
「先に風呂使いなよ。なんかちょっと頭冷やしたほうが良さそうだし」
普段はなにかと騒がしいことの多いこの友人は、その実、人の感情の機微に敏感なところがあった。
家主を差し置いて──といつかのようなことを言いかけて、その記憶の懐かしさに胸がぎゅっと痛む。
皿を洗い終えてシンクも軽く掃除してから、相葉の言葉に甘えさせてもらうことにした。
よその家のシャンプーの匂いは、なんだか落ち着かない気分になるものだ。
シャワーの音と、髪を伝った雫が垂れ落ちる音を聴きながら、そんなことを思う。
大野と暮らす家のシャンプーにも、はじめは同じことを思ったはずなのに、今ではもう匂いを意識することもなくなっている。
けれど、また新しい匂いに慣れなければならないかもしれないのだ。
大野がサポーターをやめるということは、和也はあの家を出て、別のサポーターの家へ移ることになるということだ。
吐き出すため息が弱々しく震える。
拗ねた子どものような振る舞いをしている今の自分が、自分でも信じられなかった。
裏切られたような気持ちになったのだ。
大野がサポーターをやめたがっていることを知って──和也との生活を、ここにきて突然終わらせようとしていることを知って。
そんなのはひどい、と思ってしまった。
大野に対してそんなふうに思う自分の身勝手さに怖気立った。
……自分が一方的に憧れ慕っていただけだ。
その感情の責任は自分にしかない。
大野が負うものであるはずがない。
それなのに、無数に交わしあった「ただいま」「おかえりなさい」のやり取りも、共に囲んだ食事の楽しさも、和也を見つめて柔らかく微笑む眼差しも、幾度となく繋いだ手の温もりも、触れた唇の熱さも──すべてただの役割だったのかもしれないと思うと、心臓が今にもばらばらに千切れてしまいそうだった。
大野にとって自分は、たまたま担当した子どもの一人に過ぎなかったのか。
大野は一時の世話役に過ぎず、自分はこれから別の誰かと暮らすことになるのだろうか。
まだ顔も知らない誰かと暮らし、眠れぬ夜を過ごし、触れ合うのか。
そして大野はそれを望んでいるのかと思ったら、もう二人の家に帰る気にはなれなかった。
連絡を入れなければ心配をかけてしまうとか、今日触れ合いをしないことで自分の体にどう影響があるかとか、そういうことが頭をよぎらなかったわけではない。
けれどそれでも駄目だった。
家に帰るのも大野と話すのも、今は嫌だった。
全く頭は冷えていなかったが、人の家の風呂をあまり長く占拠するわけにもいかない。
浴室を出て体を手早く拭き、下着と相葉から借りた寝間着用のジャージのズボンと薄手の長袖のティーシャツを身に着ける。
和也と相葉は体格に差があるので、上下ともずいぶん大きく、くるりと捲る羽目になった。
ふと洗面所の鏡を見ると、首の後ろからぴろりと薄茶色のものが覗いていた。
うなじに張り付けていた絆創膏が剥がれかけているのだ。
大野がわざわざ貼ってくれたものだが、もとより傷というほどのものでもないし、痛みがあるわけでもない。
指先でつまむようにして剥がしてしまい、壁際に置いてある小さなゴミ箱の中に丸めて落とす。
「おーい、開けるぞ」
相葉の声がして、ほぼ同時に脱衣所のドアが開いた。
いま借りたものとは違うジャージのズボンとティーシャツを片手に持っている。
「これ弟用に用意してるもんだけど、 それよりこっちのほうがサイズが小さいから着替えるか?」
「わざわざありがとう。けど、別にこのままでも……」
遠慮すんなってと服を手渡そうとした相葉がふと視線を上げ、その途端にぎょっと目を瞠った。
「ニノそれ……」
「え?」
「それつけたの大野さん?」
「それって? 俺に何かついてる?」
でもいまお風呂に入ったばかりだし、と和也は首を傾げた。
それだよ、それと相葉は眉根を寄せて人差し指を突きつけてくる。
指の先にあるのは、先ほど絆創膏を剥がした場所だ。
「この傷のことなら、そうだけど」
「え、ニノって大野さんともう付き合ってるの? いつから?」
今度は和也が目を剥く番だった。
「どうしてそうなるんだよ。そんなわけがないだろう」
「お前ね……」
なぜか相葉は眉間に手を当て悩ましげな唸り声を上げた。
ニノもニノだけど大野さんも大野さんだよ──そんなことをぶつぶつ呟いてから、ぱっと顔を上げ、さっさとここ出ろよと顎をしゃくる。
普段の相葉らしからぬ乱暴な態度は非常に引っかかるが、いつまでも脱衣所にいる理由もないので素直に従った。
「あのさ、ニノが風呂入ってる十五分の間に、ニノのスマホ十回は鳴ってたからな。ニノ、やっぱり今日は帰れ」
「え、ちょっと待ってよ」
部屋に戻ると同時に相葉に腕を掴まれ、玄関のほうまで引っ張り出される。
急にそんなことを言われても困ると抗議するも、相葉は聞く耳を持たず、また小声でぶつぶつと何やら呟いていた。
「田舎の子はこれだからさぁ……大学生にもなってキスマークの意味も分からないのかよ……っていうかあの人も、意味分かってない奴につけてんじゃないよ……」
もうお前帰れ、とにかく帰れと無理やり荷物を持たされる。
いつも使っているリュックとジャムの紙袋、それにパン屋のビニール袋。
ぐいぐいと玄関まで背中を押される。
「相葉くん! 泊めてくれるって言ったじゃないかっ」
「俺は馬に蹴られるのはごめんなの!」
唾を飛ばさんばかりに叫び返してきた相葉が、そこで一度唇を引き結ぶ。
ほんの数秒の静粛が落ちた。
「……前にニノ、大野さんみたいな人になりたいって言ってただろ」
相葉の眼差しはいつになく静かで、真剣なものだった。
「ニノにもよほど帰りたくない事情があるんだろうけど、ニノの言う大野さんみたいな人っていうのは、そうやって自分を心配してる相手を無視して逃げ回ったりするわけ?」
ぐ、と胸が詰まる。
何も言い返せずにいると、相葉はまた乱暴な仕草で、三和土に揃えてある和也の靴を顎で指し示した。
続く
更新遅くなってすみませんm(*_ _)m
・新規の読者さん、よろしければ「いいね」で応援してくださると大変励みになります。
・アメンバーさんに限っては、お知らせ記事を含め、一話ずつ「いいね」お願いしますね。