※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全てフィクション

 

 

 

 

「余っちゃったなそれ。どうすんの?」

 

 

和也が左手に下げている紙袋に、相葉が気遣わしげな視線を向けてくる。

 

紙袋の中には無花果のジャムが詰まった瓶が四つ。

 

元々は十五個ほどあったから、これでも随分減ったのだ。

 

先日実家から贈られてきた、和也の母手作りのジャムである。

 

母は昔から季節ごとに様々な果物でジャムを作る。

 

大野と二人で消費するにはあまりにも量が多いので、大学の友人たちに配ろうと持ってきたのだが、あいにく配りきれなかった。

 

 

「持って帰ってもいいんだけど、せっかくだから松本さんに一つ渡して来ようかな。お世話になってるし、喜んでもらえるか分からないけど」

 

 

今日は面談の約束をしているわけではないから、松本がこの時間に病院にいるかどうかは分からない。

 

だがどうせ帰り道なので、松本に会えなければそのまま持ち帰ればいいことだ。

 

ついでにいつものパン屋で、このジャムに合いそうな食パンを買って帰ろうと思った。

 

朝食用のパンによく利用するお気に入りのパン屋は大学のそばにある。

 

回り道にはなるが、帰りに寄れないことはない。

 

講義棟の前で相葉と別れ、軽い足取りで病院へと向かう。

 

すっかり空が高くなった。

 

薄手の長袖一枚では、もう夕暮れ時は少し肌寒いこともある。

 

大野と暮らすマンションは気密性が良いため、屋内ではまだ半袖でも何の問題もない。

 

だから和也の寝間着は今も半袖のままで、その方が触れ合いには便利なのだが、これ以上季節が進んだらさすがに寝間着も衣替えしなければならないだろう。

 

……そうしたらちょっと、智さん、やりにくいかな。

 

脱げばいいんだろうか。

 

上を脱いだほうがいいのか、下を脱いだほうがいいのかと想像してみて、あまりにもあられもない光景が脳裏に浮かび、和也は赤面した。

 

たとえ寒くても、冬まで半袖でいるほうがまだなしかもしれない。

 

自分は少し浮かれているのかもしれないなと思う。

 

触れ合いの種類が変わっているからというものその効果は抜群で、服用する薬の量はいまや、一番多いときの三分の一以下にまで減っていた。

 

それでも体はかつてないほど軽い。

 

全部、智さんのおかげだな──本当になんと幸運なのだろうと思う。

 

進学するにも四苦八苦し、頻繁に長期欠席せざるを得なかった高校の頃が嘘のようだ。

 

大学に通いながら良い治療を受けることができて、しかもあんなに好ましい人と一緒に、心から安心して暮らすことができる。

 

さらに言うなら、好きな相手と毎日寝起きを共にしている。

 

本当なら恋人同士でもなければ不可能なことだ。

 

ずっとこうして暮らしていけたらいいのにと、気づけばそんなことばかりを考えてしまう。

 

もちろんそれが無理なことは分かっていた。

 

一緒に暮らしているのはあくまでも治療のためで、大野には大野の人生がある。

 

和也にも和也の、この先の未来がある。

 

いずれこの暮らしは、どんな形であれきっと終わる日が来る。

 

そのことを考えると少し寂しいが、不思議と悲しくはなかった。

 

大野との暮らしの中で胸に積もった温もりが、これから一人で歩いていく道のりを照らしてくれるような気がするのだ。

 

 

病院の中は真っ白で、床だけが淡いクリーム色をしている。

 

速歩きをすると靴の底がきゅっと音を立てた。

 

いつも松本との面談に使っている小部屋まで来てみたが、ドアに嵌め込まれた曇りガラスの向こう側は電気がついていないようだ。

 

やはりいきなり会おうとしても無理な話だっただろうか。

 

仕方がない帰ろうと来た道を戻ろうとしたところで、

 

 

「……サポーターとしての登録を解除したい、ということですか?」

 

「ああ」

 

 

聞き慣れた声がして足を止めた。

 

声は、面談室の少し先にある曲がり角の向こうから聞こえてくる。

 

問いかけたのは松本の声で間違いない。

 

答えた声は、短くて分かりにくかったが───

 

 

「センターの業務自体は今後も手伝うが、特定の支援対象者を担当するのはもう、やめにしたいと思っている」

 

 

やはり大野の声だ。

 

どっどっどっと妙な声が響いている。

 

それが自分の心臓の音だと、数秒遅れて気がついた。

 

 

「少し勝手ですね。大野さんらしくもない」

 

 

窘めるような口調だが、松本は怒っているというよりは呆れているようだった。

 

すまないと返す大野の方は、ひどく苦しげな声をしている。

 

 

「あくまでも自由意志のボランティアですから、それ自体は構わないと思いますけど。まずは、きちんと二宮君に話をするべきではないですか」

 

 

松本の口から自分の名前が出た瞬間、和也は今度こそ勢いよく踵を返した。

 

 

 

 

 

 

続く

 

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