※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全てフィクション
考えていたことが根底からひっくり返り、咄嗟に頭の中が整理できない。
つまりどういうことだと思考回路を空転させていると、大野がひどく後ろめたそうな声で話しだした。
「……一人にしてすまなかった。櫻井が珍しく相談事があるというから、力になってやりたいと思ったんだ……このところカズの体調がいいからと油断した。俺の落ち度だ」
「そんな」
慌てて大野の顔を横から覗き見る。
もうマンションの部屋の前に着いていた。
大野が少し屈んで和也を背中から降ろしてくれる。
このタイミングで離れてしまった体温がひどく名残惜しくて、思わず大野の腕に指を絡ませた。
「俺だってこんなことになるなんて思ってませんでしたし、智さんのせいじゃありません」
「俺はカズのサポートをする立場だ。カズ自身が大丈夫だと言っても気を緩めるべきじゃなかった。謝って許されることではないけど、……申し訳なかった。怖かっただろう」
どうしてこの人は、ときどき小さな子どもにでも話すような声になるのだろう──そのたびに泣きたくなってしまう。
自分はもう、怖いとか心細いとか、そんな理由で泣けるような子どもではないのに。
ぐっと唇を噛みしめ瞬きを繰り返すと、滲みそうになった涙はうまく引っ込んでくれた。
そうしているあいだに大野が玄関の鍵を開ける。
靴を脱ごうとして、右の脛から足首にかけて走った痛みに思わず呻いた。
「どうした」
「さっき転んだとき、怪我をしたみたいで」
大野の顔色がさっと変わったので、和也は慌てた。
「大したことはないんです。かすり傷だと思います」
大野の視線が和也の足元へと移る。
明るいところで改めて見ると、和也が履いているズボンは泥でひどく汚れていた。
「すぐに洗おう」
腕を引かれて浴室に入る。
言われるがままにズボンを脱ぎ、ついでにやはり汚れていたティーシャツも脱ぎ、下着一枚になって浴槽の縁に腰掛けた。
下着姿を見られるのは、男同士とはいえやはり少し気恥ずかしい。
しかもつい先ほど、大野への気持ちを遅まきながら自覚したばかりである。
だが大野が至って平然としているので、和也も必死に平静を装った。
右脛は広範囲に渡り擦れて赤くなっていた。
はっきりと傷ができていたのは内側のくるぶしだ。
じわりと血が滲んでいる。
大野は和也のふくらはぎを支えるように手を添え、脛と傷をシャワーで流してくれる。
いつもなら自分でやりますと大野からシャワーを取り上げていただろうが、今日ばかりはそんな気になれなかった。
大野が触れたばかりの心の柔い部分が、和也をどこか幼子に似た気持ちにさせていた。
「……櫻井さんとの話は、大丈夫だったんですか」
俺が邪魔をしてしまっていたらすみませんと謝ると、大野は首を振った。
「なに、つき合ってる相手についての相談事だ。半分は惚気のようなものだから心配ない」
大野の手が足首へ滑り、びくりと足が動いてしまう。
お湯が汗や汚れを流してくれるのは心地よいが、大野の指が足首に絡む感触がどうにも気になって仕方がなかった。
みぞおちの下あたりがざわめく。
「……俺、てっきり松本さんといるんだとばかり思ってました」
思わず呟いてから、何を言ってるんだこの話はさっき終わったじゃないか、と自分を張り倒したくなった。
大野がシャワーを止めて顔を上げる。
何か言われる前にと慌てて次の言葉を捜した。
「さ、智さんにはいないんですか、恋人とか好きな人とか」
探し当てた言葉は正解とは言い難かった。
大野の顔から一切の表情が抜け落ちたことでそれを悟る。
沈黙が落ちた。
ぽたり、と和也の足から落ちた雫が音を立てる。
「あ、あの、すみません。ただ気になって」
「気になったのか」
「え? はい、あの」
大野の顔が近づいてくる。
「俺にそういう相手がいるか、カズは気になるのか」
大野は和也の足を掴みしゃがみ込んだまま、伸び上がるようにして和也を正面から見つめている。
大野の両目は、真顔で見つめられるとかなり迫力があった。
空中に縫い留められたかのように動けなくなる。
「き、気になります」
「どうして」
「どうしてって……」
「俺に付き合ってる相手がいるかどうか、どうしてカズは気になるんだ」
目を逸らす隙すら大野は与えてくれない。
どうしてというなら、大野がなぜこんなところに拘るのか。
そのことの方が和也には不思議だった。
続く
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