※大宮妄想小説です
長期連載が控えてますが本格的な夏が来る前に短編をあげようと思います
長年友人関係な二人
三話完結、ニ話目
「……率直に気持ちを伝える。と言いたいところだが、実際にはそう簡単にはいかないかもしれない。真剣であればあるほど」
「そう、だね」
「大切なことを口に出すのは難しい」
そうだね、とニノは浮かない顔で繰り返した。
「好きな餅なら簡単に言えるのに」
「俺は磯辺が好きだ」
「断然、砂糖醤油でしょう」
「これくらい簡単ならいいんだけどな」
これまで何度もしてきた想像を再び頭の中でなぞる。
ニノが誰かに恋をしたなら──俺はその恋の行く末を、彼のそばでただ見守っていよう。
ときには悩みを聞いてやり、求められれば年長者としてアドバイスもする。
もちろん成就することを心から願って。
ニノが恋に破れて泣くのと恋を叶えて笑うのと、どちらが望ましいかなど考えるまでもない。
「まあ、焦ることはないんじゃないか。そういうことは、いずれ自然に告げるタイミングが訪れるものだろう」
ニノなら、どんな相手でもきっとうまくいく。
俺が保証する。
それにしてもニノが好きになった女性とは、どんな人だろうか。
年下だろうか、年上だろうか。
職業は?
いずれにしろ、きっと素敵な女性なのだろう───
「好きな相手が男の人だったらどうする?」
俺のあらゆる機能はほんの数秒、完全に停止した。
動揺を悟られないよう、できるだけ静かに呼吸を再開する。
ニノは前を向いたまま、じっと俺の言葉を待っているようだった。
男。
男か。
ニノは男が好きなのか。
いや、その考えは安易だ。
たとえば彼が同僚のA子さんに恋をしていたと聞いて「女が好きなんだな」と言うのと同じくらい乱暴で短絡的だ。
事態は大きく変わったわけではない。
これまでのシミュレーションを微修正するだけだ。
俺は小さく咳ばらいをして口を開いた。
声にわずかな動揺も滲まないよう全身全霊を傾ける。
「同性ということになると、考えることは多少増えるかもしれない。結婚だとか子どもだとか」
結婚、とオウム返しをして、ニノは納得したように頷いた。
「そっか、そうだよね。大野さんも長男だし」
「ニノもだろう。あと数年もすれば周りが騒がしくなるんじゃないか」
俺自身、見合いする気はないのかと既に何度かせっつかれている。
いまのところ曖昧に躱しているが、いずれは正直に話すほかないだろう。
「俺は、本当に好きな相手とじゃないと……だからそういうのは、望めなくても仕方がないと思ってる。家族に反対されても、説得する」
「そうだな。俺も、ニノの立場なら同じように考える」
心底惚れた相手がいるのに、他の相手と一緒になるつもりはない。
添い遂げることは叶わなくとも、好きな相手のいる幸せを噛みしめ、一人で生きていこうと心に決めた。
「でも、そもそも叶う可能性は低いから」
「そうなのか?」
「相手は俺がそんな気持ちでいるなんて、想像もしていないだろうし」
なんとも身につまされる話だ。
「気持ち悪いと思われるかもしれない」
「そんなことはないだろう」
思わず大きな声が出てしまい、ニノがびくりと肩を揺らした。
悪いと詫びながら、自分が少しばかり傷ついた気分になっていることに気づく。
「ニノの真心を気持ち悪いと思うような相手なら、はじめから縁がなかったんだ。性別は関係ない」
「……そうだね。ううん、そんな人じゃないよ。俺に自信がないだけなのに、責任転嫁はみっともないよね」
ニノがようやく微笑んでくれたというのに、俺の心は満身創痍だった。
「急にこんな話をしてごめん。もう少しよく考えてみるよ」
いい加減お腹すかない?、砂糖醤油のお餅なら焼くよ俺──明るく言って腰を浮かしかけたニノの腕を、思わず掴んで引き止める。
「進展があったら教えてもらえるか」
「え……」
ニノはまず目を丸くし、次に眉をひそめて、ゆっくりと元の位置に座り直した。
「どうして」
どうしてもこうしてもないだろう。
俺にだってニノの恋の行方を知る権利くらいあるはずだ──いや、そんなものはないのか。
敵前逃亡どころか戦地に赴いてすらいない俺には。
「うまくいったら真っ先に祝いたいからだ」
我ながら悪くない切り返しだと思ったが、ニノはなぜか表情を曇らせた。
発想が呑気すぎたか。
「……万が一うまくいかなかったら、慰めることくらいはできる」
「どうやって?」
問われて、俺は少し考えた。
目の前のニノが、いままさに失恋して涙を流しているのだと想像してみる。
すると手が勝手に動いてニノの背中をさすった。
「ニノ」
「ん?」
「俺はニノほど心根の綺麗な人間を他に知らない。たまたま誰か一人と心が通じ合わなかったからといって、ニノという人間の価値は少しも損なわれない」
「おお……」
琥珀色の瞳がきらきらと輝く。
感激しているらしい。
ちなみにこれは本心だとついでのふりをして付け加えると、ニノはしきりに照れながら「ありがとう」と礼を言った。
「あとは、そうだな──」
興が乗った俺は、ニノの背中をさすっていた手をそのまま肩へと回した。
軽く顔を寄せ、わざとらしく声を低くする。
「俺にしておいたらどうだ、……とか」
耳元で囁くと、一瞬の間を置いて爆発するような笑い声が上がった。
あははは、と明るい声を上げ、ニノは顔を真っ赤にして身をよじる。
「殺し文句だ、ずるい、あははは」
「ははは」
あまりにおかしそうに笑うものだから、俺もつられて笑った。
二人揃って腹を抱えて笑い、最終的に息も絶え絶えになった俺たちは、それぞれ力なくクッションに突っ伏した。
「はあ……お腹痛い……」
隣でくぐもった声が呻く。
俺は顔を上げて、クッションに顔を埋めるニノの後頭部を撫でてやった。
耳まで真っ赤になっている。
その鮮やかな色も、無邪気で無防備な笑い声も、どうにも愛しくてならなかった。
続く
・新規の読者さん、よろしければ「いいね」で応援してくださると大変励みになります。
・アメンバーさんに限っては、お知らせ記事を含め、一話ずつ「いいね」お願いしますね。