※大宮妄想小説です

長期連載を控えてますが本格的な夏に来る前に短編をあげようと思います

長年友人関係な二人

三話完結、一話目

 

 

 

 

「だいたいどうして砂糖醤油なんだ」

 

 

腕組をして背中ごしに問いかける。

 

 

「おいしいじゃない。大野さんこそ、なんでそんなに磯辺にこだわるの」

 

 

背中の向こうから聞き返される。

 

ざざざざ、と波が砂を崩すような音がした。

 

もちろん波でもなければ砂でもない。

 

ここは砂浜ではなく俺の一人暮らしの家で、いまのはビーズクッションが形を変えるときの音である。

 

人をだめにすると噂の巨大なビーズクッションに、俺とニノはいま背中合わせに寄りかかっている。

 

ニノとは少し歳が離れているが、仲のいい友人である。

 

どれくらい仲がいいかというと、平均して一日一往復はメッセージのやり取りをするし、休日ば大抵一緒にいるし、それなりに頻繁に泊まりにくる程度である──ちょうど今日のように。

 

大抵のことは阿吽の呼吸で分かり合える。

 

長年積み重ねてきた信頼関係があってこそ、餅の食べ方を巡って遠慮なく意見を戦わせることもできるのだ。

 

 

「餅といえば磯辺だろう。海苔は栄養が豊富だし、醤油は香ばしくて食欲をそそる」

 

 

二月も下旬だというのに、正月に買った切り餅が未開封のまま一袋余っていた。

 

なら夕食は餅にしよう、というところから始まった議論である。

 

もちろん各々好きな食べ方で食べればいいのだが、互いの推し餅についてつらつら述べるうちにヒートアップしてしまったのだ。

 

 

「砂糖醤油だって醤油だよ」

 

「甘いのかしょっぱいのかはっきりしてほしい」

 

「甘いのとしょっぱいのとで永久に食べられるでしょう」

 

「欲張るのは良くないぞ。二兎を追う者は一兎をも得ずだ。第一、太る」

 

 

俺の背中はずずずず、とクッションに深く沈み込んだ。

 

反対側にいたニノが立ち上がったのだ。

 

 

「そんな意地悪を言う人からは没収です」

 

 

ずずずず、と音を立ててニノがクッションを引っ張る。

 

クッションは俺の背中の下からゆっくりと引き抜かれ、最終的に俺の頭をフローリングの床の上に置き去りにしていった。

 

床暖房のおかげで冷たくはないが、シンプルに硬くて少し痛い。

 

 

「そのクッションは俺が購入したものだ。所有権は俺にあるから、ニノが没収するのは道理に合わない」

 

 

床に寝転がったままの俺の抗議をニノは完全に無視した。

 

クッションを壁際まで引きずっていき壁を背にして座り込むと、伸ばした両脚の上にクッションを乗せる。

 

 

「はー……あったかい」

 

 

俺もやったことがあるから分かるが、あれは確かにとてもあたたかい。

 

疑似的な炬燵である。

 

ニノはクッションに抱きつくように上半身を倒し、うっとりと幸福そうに目を細めている。

 

俺はしばし無言のままその姿を眺めた──けして安い買い物ではなかったが、やはり買って正解だったと思う。

 

 

「俺たち二人とも頑固だよね」

 

「こだわりを持つのは悪いことじゃない」

 

「大野さんが言うとそんな気がしてくるよ」

 

 

ふふふ、と柔らかな笑みをこぼし、ニノは上半身を起こした。

 

 

「痛くない? 床」

 

「少し痛い」

 

「大野さんもこっちにおいでよ。あったかいよ」

 

 

どうやら停戦のようだ。

 

俺はゆっくりと起き上がり、炬燵クッションで暖を取るニノの姿を正面から見つめた。

 

 

「満員のように見える」

 

「半分こしよう」

 

 

ニノは尻の位置をずらし、クッションから左半身をはみ出させて、さあどうぞとクッションをばしばし叩いてみせる。

 

ふむ、と少しだけ考えるふりをしてから、俺はニノの右隣に腰を下ろした。

 

左脚をクッションの下に潜り込ませると、太腿と膝がニノのそれにぶつかる。

 

ひとつのぬくもりを分け合ったまま、しばし沈黙が流れる。

 

手持無沙汰なので、俺は改めて己の人生について思いを馳せてみた。

 

この世に生を受けてから三十年弱。

 

好きな仕事と一人暮らしのこの部屋と、すぐには困らない程度の蓄えがある。

 

信頼のおける友人にも恵まれ、そしてなによりニノがそばにいる。

 

いつからか、自分の人生をニノ抜きでは考えられなくなった。

 

ニノなしの生き方など忘れてしまった。

 

幸いにして俺もニノも転勤のない仕事だ。

 

縁切りするほかないレベルの大喧嘩でもしない限り、これからもずっとこうして一緒にいられるだろう。

 

仲の良い友人として。

 

意気地がないと罵られようが不毛と馬鹿にされようが構わない。

 

ニノの目が俺を映してくれることが、ニノの呼吸をそばで感じられることが、俺にとってはなによりも大切で失いたくないものなのである。

 

俺が一人でしみじみと頷いていると、隣から小さなため息が聞こえてきた。

 

 

「ねえ、大野さんは……」

 

「うん?」

 

 

餅談義の続きかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 

先ほどまでの勢いとは打って変わって、ニノの声にはたっぷりと躊躇いが滲んでいる。

 

どうした、と先を促すと、ニノはちらりと横目で俺を見上げ、またすぐに伏せた。

 

 

「好きな人ができたらどうする?」

 

 

ついこの日が来た──そう思った。

 

首を傾げるふりをしてさりげなく明後日の方向に顔を逸らす。

 

そうだな、と曖昧な相槌を打って時間を稼ぐ。

 

大丈夫、想定内だ。

 

ニノに大切な相手ができたときのことなど、これまで何度想像したか分からない。

 

そのときになって慌てないよう、折に触れ己に言い聞かせてきたのだ──いつかニノも唯一の相手を見つける。

 

胸を張ってニノのそばにいるために、俺はいつでも彼の味方であり続けなければならないと。

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

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