※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全てフィクション

 

 

 

 

「それほど悪い数字ではないですね」

 

 

松本の白衣の胸ポケットで、藤色の色がついた蝶の飾りがきらりと光っている。

 

 

「先週から少し薬を減らしたんですよね。フェロモン値はそこまで乱れていませんから、このまま今の量を続けて良さそうです。体調はどうですか?」

 

 

松本の前に鎮座している小型のモニターには、和也にはよく分からないグラフのようなものが映し出されている。

 

和也の左手首の腕輪から日々送信されているデータが、この黄色い折れ線になっているらしい。

 

 

「特に変わりはないと……思います」

 

 

ずっと体調が安定しているから、近頃はあまり意識することもなくなった。

 

大野と暮らし始める前からは考えられないことだ。

 

 

「では主治医にもそう伝えておきますね。大野さんとの生活はどうです? 困っていることはないですか?」

 

 

松本の口から出たその名前に一瞬胸が重くなった。

 

大丈夫です、順調ですと応えつつ、松本の胸ポケットに視線が吸い寄せられる。

 

やはり似ている、と思う。

 

大野から贈られた、黄色の目をした小鳥のペン──どこかで見たことがある気がすると、使うたびに思っていた。

 

松本がいつも胸に挿している蝶の飾りがついたペンは、色と飾りの形こそ違っているが、全体の形状や雰囲気が和也のものととてもよく似ていた。

 

人気のあるブランドなのかもしれない。

 

あるいは、大学の近くの店のものなのかもしれない。

 

いずれにせよおかしなことではない。

 

大野が選んだ贈り物と松本の持ち物が似ていたとしても。

 

それなのにどうにも胸がもやもやとしてしまうのは、つい先日、相葉から聞いた「女の子たちが噂してた」と前置きした上で知った、松本の恋人が同性であるかもしれないということ、それともう一つ──恐らくは今朝の大野とのやり取りのせいだ。

 

 

今日は午前中の講義が休講で、大野もいつもよりゆっくり出掛けていい日だと言うので、朝食のあと二人でのんびりと珈琲を飲んだ。

 

珈琲を飲みながら、二人とも家族への手紙を書いた。

 

普段の暮らし慣れた様子から、てっきり大野は東京生まれなのだと和也は思い込んでいたのだが、大野曰く「実家は西のほう」なのだという。

 

和也が手紙を書き始めると大野も自室から便箋とペンを持ってきて、和也の真向かいで字を綴り始めた。

 

和也と同じ鳥の飾りがついた、青色の美しいペンで。

 

 

「大野さんも手紙を書くんですね」

 

 

意外な気持ちで尋ねた。

 

和也が言うのもなんだが、いまどき個人で郵便を出すのは、よほどの事情でもない限り相当な物好きである。

 

 

「何年か前から書くようになったんだ、カズも言っていたように手紙は特別だからな」

 

 

そう言った大野は不思議なくらい優しい目をしていた。

 

もう何年も会っていないという家族の顔を思い浮かべてのことだろうか。

 

大野がペンを走らせる静かな音を聴きながら、伏せた目を縁取る長い睫毛が揺れるさまをときどき盗み見た。

 

手紙を書き終えて大野はポケットからスマートフォンを取り出し、その画面に目を落として眉をひそめた。

 

どうしたんですかと尋ねると、夜に出かける用事ができたという。

 

 

「幼馴染と飲みに行くことになった。急にすまない」

 

 

夜遅くなるかもしれないから今のうちに触れ合いをしてもいいかと言われ、久しぶりにソファに座って手を繋いだ。

 

なんだか昼間に手を繋ぐのって変な感じがしますねと言うと、大野もそうだなと笑った。

 

少し照れたような笑顔が眩しかった。

 

そうして手を繋いでいるあいだに、大野が口にした幼馴染という単語と、大野がくれたペンのことが頭の中で唐突に繋がったのだ──松本の恋人は同性かもしれないという噂も。

 

 

──幼馴染って松本さんのことだよな。一学年違って、違う学部とはいえ二人で遅くなるまで飲みに行くくらい親しいのか──そう思った次の瞬間、松本の白衣のポケットからいつも覗いているペンのことを思い出した。

 

よく似ている。

 

同じ店のものかもしれない。

 

もしかしたら一緒に選んだのかな、もしかしたら智さんと松本さんは恋人同士なのかな──そう思いついて、なぜか急に息の仕方を忘れたように苦しくなった。

 

あれ、どうしたんだろう俺、と動揺するあまり、緩く繋いでいた手をきゅっと握り込んでしまう。

 

大野が息を呑む気配がした。

 

どうしたと静かな声で問われ、いえすみませんごめんなさいと返事にならない返事をした和也にも、大野は優しかった。

 

それから時間が来るまで、いつもより少し強い力で手を握っていてくれた。

 

それなのに和也は苦しかった。

 

胸に尖った石ころがごろごろと詰まっているような気分だった。

 

 

 

 

続く

 

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