※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全て妄想
「う、わ?」
ごろんと体を横向きにされ、大野に背中を向ける格好になる。
何が起きたのかと混乱しているうちに、和也の右肩を押さえていた大きな手のひらがうなじへと滑り、その指先が頸椎の凹凸を確かめるように撫でさすった。
ざわりと肌が震える。
「大野さ、」
「……触れると痛むか?」
それよりも吐息がうなじにかかるのが、どうにも擽ったい。
「だい、じょうぶです、けど……」
どうして声まで震えてしまうのだろう。
耳元でどくどくと音がする──これは俺の心臓の音かと、数秒遅れて気づく。
その数秒のあいだ大野は沈黙していたが、やがて長く息を吐き出した。
「あまりこういう場所を人に晒さないほうがいい」
「え?」
「人体の急所だからな」
そうなのか。
大野さんは物知りだな。
感心しているとまた大野の手が肩にかかり、元通り仰向けに戻された。
いつものように右手に大野の左手が重なる。
慣れ親しんだ体温にほっとした。
「さっきのことだが」
どのことだろうか。
「──カズは大丈夫だ。ずっと俺がそばにいるから」
感情を押し殺したような淡々とした口調に、かえって胸を衝かれた。
大野から漂ってくる花のような甘い香りが、重なる手のひらの温もりが、すぐそばで聞こえる息遣いが、それまで誰にも触れられたことのない心の一番柔いところに触れてくる。
思いがけず急に目の奥が熱くなってしまい、和也は慌てて瞬きを繰り返した。
不完全な体であること。
いつか人よりも早く命を落とすかもしれないこと。
その恐怖心はいつの間にか自分の一部になってしまい、日頃あれこれ思い悩むことはなくなっていた。
悩んでも仕方のないことだとも思ってきた。
それよりも周りとは違うこの体とどう付き合っていくか──どうしたら周りに心配をかけず、自分の足で立って歩いていけるのか──ずっと、そればかり考えて生きてきた。
それなのにいま、隣にいるこの人が心から自分を心配し気遣ってくれているであろうことに、こんなにも心が震えている。
嬉しい、という言葉では足りない気がした。
心地良い碧空の下でとびきり上等の柔らかな布に包まれ、揺り籠に揺られているような心地だった。
慈しまれ、安らいでいる。
──なぜこの人はこんなに優しいんだろう。
「ありがとう、ございます」
少しでも気を抜けば熱いものが零れてしまいそうな瞼の上に力を入れて堪えながら、震えそうになる声音も気取られないよう努めた。
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
二人のあいだの空気をそっと押しやるような囁き声で言葉を交わし合う。
瞼を閉じ、耳を澄ませた。
微かな衣擦れの音が聞こえる。
──こうして一緒にいるのが、智さんで本当に良かった。
大野と過ごした時間が増え、そして交わした言葉が増えていくにつれ、この人のようになりたいと憧れる気持ちは日に日に強くなる。
優しくて強い、碧空のような人だと思う。
自分もあと五年分成長したなら、そしてたとえば大野のように大学院まで進んで様々なことを学んだなら、たとえばあの本棚の本を全て読み尽くしたなら、大野のようになれるのだろうか。
それでも到底届かないような気がした。
αという性は、そもそもあらゆる能力に恵まれているのだという。
この不完全な体がもしαに分化したなら、もっと色々なことを容易にできるようになるのだろうか。
嫌な思いや危ない思いをすることなく、どこにでも自由に行ける世界に──そんなこの人の優しい願いを叶える手伝いが、自分にもできるだろうか。
そんな夢想をしながら、和也は幸福な眠りの中へ落ちていった。
続く
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