※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全て妄想

 

 

 

 

大学病院は新館と旧館に分かれており、三階の渡り廊下で繋がっている。

 

病院の前に着いてふとその渡り廊下に視線を向けると、よく見知った顔が目に入った。

 

渡り廊下の中央あたりで、大野が誰かと話している。

 

白衣姿の男性──松本と、もう一人、こちらは初めて見かける男の後ろ姿が見えた。

 

彼もまた病院の関係者だろうか。

 

 

「ニノ、どうかした?」

 

「ああ……大野さんがいたから。あそこに」

 

「同居人なんだっけ? ほんと独特の雰囲気というか、オーラある人だよな大野さん」

 

 

相葉が言うには、大野は大学ではなかなかの有名人なのだそうだ。

 

第二性はデリケートな話題で、本来は自分についても他人についても大っぴらに口にすることではないが、そういう情報ほど広がるのは早いものである。

 

絶対数の少ないαで極めて優秀であることに加え、大野はあの容姿と性格なので、直接の接点がない学部生からも絶大な人気があるという。

 

 

「なんか話し込んでるみたいだな。あ、あの人、大野さんの幼馴染らしいよ。女の子たちが噂してた。そういう情報ってどこから出回るんだろうな」

 

 

いいよなぁイケメンは黙っててもモテるんだから、というのは相葉の口癖のようなものだ。

 

軽く聞き流しつつ、そうか松本さんは智さんの幼馴染だったのかと和也は納得した。

 

たしかに大野のことをよく知っているような口ぶりだったし、一つ上だとも言っていた。

 

大野はまだ渡り廊下で松本たちと何か話している。

 

声は聞き取れないが、大野が他の二人に明るく爽やかな笑顔を向けているのは分かった。

 

初めて会ったときですら和也に不思議な安心感を与えてくれた、碧空のようなあの笑顔だ。

 

大野は和也より五つ年上だ──たったの五つとも言えるが、自分が五年後に果たして大野のような大人になれるのだろうかと思うと、どうも想像つかない。

 

これまで他人に対してこんな気持ちになったことはなかった。

 

また一つ欠伸を噛み殺してから相葉に別れを告げ、和也は病院のエントランスへ足を踏み出した。

 

 

 

 

「智さん、あの、それはキュウリじゃなくてズッキーニです」

 

「ん? どこが違うんだ」

 

「どう違うかと言われると難しいですね……栄養価もほとんど同じだって聞きますし。とにかく今日使うのはそれじゃなくてあっちのキュウリです」

 

「難しいんだな」

 

 

大野は形のいい顎に手を当てて唸りつつも、大人しくズッキーニを元の棚に戻す。

 

その様子をじっと観察し、和也もまた胸中で唸った。

 

……智さんって、どういう人なんだ?

 

いや、普段自分で料理をしないのだから、野菜の種類に疎くても当然かもしれない。

 

ここ二週間で形成された「立派な大人」というイメージの端っこが崩れかけたところを、決めつけるのは時期尚早、と慌てて補修する。

 

 

「しかし本当に面倒かけないか?」

 

「いえ全然。俺、料理するの好きなんです。智さんの口に合うかは分からないけど」

 

 

夕食だけでも作らせてほしいと言い出したのは和也である。

 

デリバリーを頼める店は数多くあるようで、毎日デリバリーの食事をしていても食べ飽きる心配はなさそうだったが、実家では普段から料理をしていた和也にとって味が好みでなかったり、油の多さが気になったりすることがあった。

 

いっそのこと自分で作ったほうがと思ったのは一週間前、実際に大野に相談したのは三日前。

 

食事を作ることを了承してもらい、じゃあ買い物ができるところを教えてくださいと頼んだところ、一緒に行こうと大野が言い出したのだった。

 

病院での検診のあと、大野と待ち合わせて大学のそばの食料品店に立ち寄った。

 

店の品ぞろえは地元とは比べ物にならないほど豊富で、また陳列のされかたが違っているので目的のものを探すのには少し手間取った。

 

大野にも一緒に探してもらっているが、先ほどのズッキーニの例のように成果は今ひとつである。

 

とはいえ和也は内心少し楽しかった。

 

大野が野菜を手に取っては首を傾げたり、肉の種類の多さに狼狽えたりするたび、緩みそうになる頬を内側から噛みしめた。

 

大野は真剣なのだから笑ってはいけないと思うのだが、年上の成人男性に向かってこんなことを思ってはいけないと思うのだが、──かわいい、と思ってしまう。

 

 

「あれ、ここ文房具も売ってるんだ」

 

 

レジに移動する途中、ノートやペンが並べてあるコーナーが目に止まった。

 

ノートの隣に陳列してある何種類かの便箋のうち、シンプルなものを手に取る。

 

 

「これ、別に会計するので買ってもいいですか? 家族に手紙を書きたいと思っていて」

 

「家族とはメッセージで連絡を取っているんじゃなかったか?」

 

「はい。でも手紙はほら、特別じゃないですか」

 

 

一昔前は大抵の場所に一日二日で届いていた郵便も、今はサービスの縮小で長ければ五日以上かかってしまう。

 

全く効率的とは言えない手段を、しかしそれでも和也は好んでいた。

 

自分で選んだ便箋に、相手のことを考えながら、自分の手で一つ一つ文字を綴る。

 

その時間はとても尊いものに思えたし、誰かから手紙が届いたときの心浮き立つ感じも和也は好きだった。

 

その気持ちを熱く語ったところで呆れられるだろうかと和也がまごついていると、大野は柔らかく目を細め、そうだなとだけ呟いた。

 

 

「会計は一緒でいい」

 

 

大野は和也の手から便箋を奪い取り、有無を言わさず買い物カゴに放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

続く

 

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