※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成、田舎育ちなど全て妄想
さしあたって必要なものを整理し終えると、もう窓の外は暗くなっていた。
カーテンを閉めてリビングに戻る。
大野がダイニングテーブルの上に料理を並べているところだった。
「わ、どうしたんですかこれ」
まさか大野は料理まで得意なのだろうか。
「デリバリーだ」
「デリバリー、ですか」
食事はほぼデリバリーで済ませているという。
ちらりとキッチンに目をやる。
随分と綺麗に片付いたキッチンだと思ったが、そもそもほとんど使っていないということか。
「とりあえず無難なメニューを頼んでみたが、明日からは一緒に選ぼう」
嫌いなものはないかと問われテーブルの上に目を落とす。
並んでいるのはごく一般的な和食だった。
肉じゃが。
豆ごはん。
焼き魚。
青菜のお浸し。
急に空腹を感じた。
少し緊張が緩んだせいもあるのだろう。
向かい合って座る。
二人分の食器は茶碗も汁椀も揃いのもとだった。
箸は色違いだ。
大野はボランティアでサポーターをしているという話だから、きっと和也の前にも世話をしていた相手がいたのだろう。
この食器も箸も、同居人のために用意してあるものに違いない。
「いただきます」
「いただきます」
食べ始めて間もなく、和也は大野の所作の美しさに気づいた。
箸の上げ下げも、食器に添える指先の動きも、一つ一つが滑らかで無駄がない。
育ちがいいというのはこういうことなのだろうか。
恰好よくて性格もよくて育ちまでいいのかと、もはや白旗を上げるしかないような気分になってくる。
食事は毎日一緒に食べるということでいいのだろうか。
上京前、実家で一番上の弟と交わした会話を思い出す。
──なぁ兄ちゃん、サポーターと同居ってどういう感じなのかな?──
──分からないけど、ルームシェアみたいな感じなのかもな──
──じゃあ同じ家に暮らすってだけで、生活は別々ってこと?──
──どうだろうなあ──
──めしはそれぞれ作るのかな……でも勿体ないよな──
──まあ、どうせなら二人分作ったほうが材料も無駄にならないしな──
──そうだよ、それに──
「……誰かと」
「ん?」
ついぽろりと口から零れた呟きを、大野は聞き逃さなかった。
きょとんと丸くなった紺桔梗色の目と視線がかち合う。
「あ、いや、えっと」
慌てて取り落としそうになった箸を持ち直す。
なんでもないですと誤魔化そうかと思ったが、箸を止めて静かに待っている大野の気配に促されて言葉を続けた。
「……誰かと一緒に食べたほうが、美味しいなって」
昨日までずっと家族と一緒の食事だったというのに、今日上京してきたばかりだというのに、小さな子どもみたいだと思われてしまうだろうか。
急に恥ずかしくなって目を伏せると、ふ、と息が漏れるような音がした。
見ると大野が目を細めている。
「そうだな。俺もそう思う」
できる限り食事は一緒にとるようにしよう、と続いた大野の言葉に、みぞおちの辺りがふわふわした。
……なんだこれ、嬉しいぞ。
「ところで、カズに一つ尋ねたいことがあるのだがいいか」
「はい」
大野に倣って箸を止め、次の言葉を待った。
「カズはサポーターに男性のαを希望したと聞いたが、その理由を聞きたい」
予想もしていなかった質問に、和也は思わず一瞬息を止めた。
大野が言ったことは事実だ。
第二性包括支援センターからサポーターについて説明があった際、希望が通らないこともあると前置きされた上で、希望するサポーターの第一性と第二性を尋ねられたのだった。
「……智さんに対して、失礼になってしまうかもしれません」
「構わない」
一切の迷いのない声だった。
「……まず女の人と一緒に暮らすのは、さすがにちょっと考えづらかったので遠慮しました。それと」
軽く唇を舐めて目を伏せる。
やはり大野の顔を見ては言いづらかった。
「俺はまだ未分化だけど、ふとしたきっかけで急に分化する可能性もゼロではないと聞きました。もし突然αに分化することがあったら、もしかしたら同居しているΩの人を襲ってしまう可能性があるんじゃないかと思ったんです。……万が一にもそんなことが起きないようにと思いました」
言い終えてそっと視線を上げると、大野は軽く目を瞠っていた。
やはり不快にさせただろうか、もっと言葉を選ぶべきだったと後悔する。
「すみません、αの人が見境なくΩを襲ったりしないことくらい分かってます、でも」
「いや、カズの認識は間違っていない。平常時はともかく、仮に発情期のΩを目の前にしたなら、冷静でいられるαはまずいない。ただΩのサポーターは抑制剤の服用を欠かさないし、急な分化とΩの発情期が重なる可能性も極めて低いと思う」
大野の声音はごく落ち着いて淡々としていた。
どこか授業をする教師のようでもあった。
ちなみに、と大野が補足してくれた話によれば、万が一のときには所定の連絡手段を取ることで、数分以内にセンターの職員が駆けつけてくれるという。
「それよりもカズは、逆のことは考えなかったのか」
「へ?」
間抜けな声が出た。
逆のこととは何のことだろう。
疲れのせいか徐々に押し寄せてきた満腹感のせいか、いつもより頭が回っていない気がする。
ぼんやりと首を傾げていると、何がおかしかったのか突然大野が吹き出した。
耐えきれなくて思わず、といったその笑い方は、今日目にしたどの笑顔とも違っていた。
「……カズはおもしろいな」
いやすまないと口元を押さえ、残りを食べてしまおうと仕切り直した大野の言葉に、和也も釈然としないまま頷いた。
続く
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