※大宮妄想小説です

オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人

お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成、田舎育ちなど全て妄想

 

 

 

 

東京というのは想像していたより緑の多いところなのだなと思ったが、隣を歩く大野によれば、このあたりが特別なのだという。

 

 

「長い時間軸で見れば昔より人口は減った分、余剰地を利用した公園は増えたと思う。豊かと言えるくらい緑の多いところとなると限られてくるが。うちの大学は歴史が古いから、キャンパスには樹齢の高い木も多く保存されているし、そこの公園も」

 

 

大野が視線で指し示すのは道路の向こう側、真ん中に大きな池のある公園だ。。池に白鳥の形の古びたボートが数艘浮かんでいる。

 

池を囲むように並んでいるのは桜の木だろう。

 

今はもう花は散り、明るい緑色の葉が生い茂っている。

 

池の向こうには鮮やかな緑青で覆われた、メリーゴーランドのような屋根のお堂が見える。

 

寺でもあるのだろうか。

 

 

「ずっと昔からあのままなんだそうだ。その公園は広くて、少し向こうにもっと大きい木がたくさん植わっているところがある。ほとんど森だな。今度行ってみよう」

 

 

そっちなら鳥の声もたまに聞こえるんだと付け加える大野の声には、どこか独り言めいた響きがあった。

 

大野との面談を終えたあと再び松本の部屋に戻ってきた和也は、どうでしたかと端的に尋ねてきた松本に、問題ありませんとやはり端的に答えた。

 

そうしてあっさりと大野との同居が決まり、早速大野の自宅へ移動することになったのだった。

 

大学からは徒歩圏内だというので、病院を出てそのまま二人並んで歩いてきた。

 

ほどなく辿り着いたのは、鉄筋コンクリート造のやや古びたマンションだった。

 

促されてエントランスホールに足を踏み入れる。

 

 

「本当に大学と目と鼻の先なんですね」

 

 

徒歩十分もかかっていない。

 

いったい家賃はいくらくらいするのだろう。

 

サポーターと一緒に生活することは分かっていたが、考えてみればお金の話は一切出なかった。

 

家賃や光熱費や食費はどう分担すればいいのだろう──エレベーターに乗り込み、八階で降り、共用廊下を歩きながら、和也の胸は新たな心配事に惑い揺れていた。

 

 

「支援センターのボランティアに登録すると、こうした住まいがあてがわれるんだ。家賃はセンターが持ってくれる。本来は俺のような学生が住めるマンションではない」

 

 

心を読まれたようなタイミングに驚いて大野へ振り返ると、大野は玄関のドアを開けながらおかしそうに笑ってみせた。

 

 

「入ろう。今日から君の家でもある」

 

 

部屋の中はマンションの外観に比べると新しく綺麗だった。

 

内部だけリフォームしてあるのかもしれない。

 

広々としたリビングにはダイニングテーブルとソファ、ローテーブルが置かれ、さらに壁際に背の高い本棚がずらりと並んでいる。

 

カウンターキッチンは生活感がないくらい整然と片付いている。

 

南向きの窓は大きく、夕暮れ時だというのに部屋はまだ十分に明るかった。

 

 

「ついでだから話しておくと、生活費についてもセンターからかなりの額の補助が出るんだ。ボランティアと言いつつ俺もかなりの恩恵を受けている」

 

「そうなんですか……」

 

 

ぱちりと部屋の電気がつく。

 

二人で生活するにしても贅沢すぎるほどのつくりだ。

 

つい二度三度眺め回してしまう。

 

 

「だから君は何も負い目に思うことはない。友人とルームシェアする気持ちで気楽に過ごしてくれ」

 

「はい、分かりました」

 

 

きっと気を遣ってくれているのだ。

 

……なんだろう、すごくいい人だな

 

こんなに格好良くて、しかも性格までいいのか。

 

 

「そうだ、互いの呼び方を改めないか? これから共に生活をしていくのに大野さんと二宮君ではあまりに他人行儀だろう」

 

「あ、それなら──」

 

 

言いかけて少し迷った。

 

家族からはカズと呼ばれているが、友人からはニノと呼ばれることが多い。

 

大野はどちらが呼びやすいだろうかと考え、本人に委ねてみることにする。

 

 

「ニノでもカズでも好きな方で呼んでください。俺は智さんって呼んでいいですか? それとも……」

 

「それで構わない。だったら俺も名前で。カズと呼ばせてもらおう」

 

「はい、智さん。改めてよろしくお願いします」

 

 

ふいに咲き始めの花のような柔らかな香りが鼻腔を擽った。

 

大野の服の匂いか、あるいは香水でもつけているのだろうか。

 

リビングからつながっている二つの洋室のうち南側が大野の、北側が和也の部屋だという。

 

案内された自室にはぴしりとシーツが掛かったベッドとごくシンプルな机があり、机の脇に実家から送っておいた荷物が積んであった。

 

ひとまずしばらく部屋に籠って荷解きをさせてもらうことにする。

 

荷物を開けると実家の匂いがした。

 

まだ半日離れただけというのに、もう懐かしかった。

 

無意識に手首に手が伸びる。

 

いつも着けているブレスレットごと指先で囲うように触れた。

 

琥珀の玉石でできたそのブレスレットは、もとは和也の父のものだった。

 

和也が未分化と診断された直後、きっとお前を守ってくれるからと父が譲ってくれたのだ。

 

洋服を造り付けのクローゼットにしまい、今日の分の寝間着はとりあえずベッドの上に置いておく。

 

文房具やノート類、貰った手紙を入れてある缶などは机の引き出しに入れた。

 

洗面所や風呂で使う細々としたものは、使う場所に置かせてもらっていいものだろうか。

 

あとで相談してみようと考えて、今日出会ったばかりの他人とこれから一緒に生活するのだという実感が今更のように湧いてきた。

 

なんだか嘘みたいな話だと思う。

 

さすがに少し緊張するが、相手が大野だと思うと嫌な感じは少しもしなかった。

 

 

──同居相手があんなに感じのいい人で、俺はきっと運がいい。

 

 

 

 

続く

 

 

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