※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成、田舎育ちなど全て妄想
「こちらに進学したのは懸命な判断だと思いますよ。これから二宮君が受ける治療の内容については説明を受けていますか?」
「はい、……聞いてはいますが」
頷きつつも和也は口籠った。
主治医とセンターから概要は聞いているが、どうにもぴんとこなかったのだ。
詳しくは上京後、第二性支援担当者から説明があると言われていた。
「こっちではセンターに登録されているサポーターの方と同じ家で暮らすことになると聞きました。でも俺が受けることになる接触療法……ですか? それがどんなものなのか、よく分からなくて」
「簡単に言うと、サポーターとなるαまたはΩのフェロモンを近距離から浴びることによって、フェロモンの安定を図る治療法です」
まだ事例が少ないので一般的には知られていないのですが、と松本は説明を続ける。
「αとΩは常に微量のフェロモンを放出しています。発情期を除けば通常は他人に影響のある量ではありませんが、未分化の人間にとってはその微量のフェロモン分泌と体調の安定につながるという研究結果があるんですよ」
「じゃあ例えば家族にαかΩがいたら、同じ家にいるだけで治療になるってことですか」
すると松本は困ったように小首を傾げてみせた。
「理屈としてはそうです。ただαとΩの人口比を鑑みると、そういった例はまずないでしょうね。未分化はαやΩよりもさらに数が少ないですし、天文学的な確率になるのでは」
言われてみればその通りだ。
実家で暮らしている頃は、田舎で人口が少ないこともあり、家族も含め和也の周囲はβしかいなかった。
だから自分が未分化と診断されたあの日まで、第二性の存在を殊更に意識したことはなかった。
おとぎ話か遠い国の話のように思っていた。
「接触療法の進め方ですが、これまでのデータによれば平均して一日に四時間以上、同じ空間にいることが推奨されます。なのでサポーターとの同居自体が治療の一環ということになりますね。加えて、毎日十分程度、直接の接触を持つことがより治療効果を高めると言われています」
「直接の接触……」
「僕たちは『触れ合い』と呼んでいますが、要は体のどこかが触れていればいいんです。手を握るケースが多いですね。触れ合いの有無によってかなり治療効果に差があるようです」
あくまでも現段階で分かっていることですが、と松本は強調した。
未分化の人間とその治療法については、まだ分かっていないことの方がずっと多いのだという。
症例自体が少ないため、個々のケースにどこまで当てはまるかは未知数なのだという松本の説明は滑らかだった。
これまで何度も同じことを説明してきたのかもしれない。
今日から和也は早速サポーターとの同居を開始し接触療法を受ける。
今後は定期的に医師の診察及び松本との面談のため、この病院に通うことになる──と松本は説明を締めくくった。
「松本さんはお医者さんなんですか?」
それにしては若く見えるけど──そんなことを思いながら、ふと松本の白衣の胸ポケットに目が行く。
蝶の飾りがついた美しいペンが差してあった。
蝶の羽に藤色の小さな石が嵌め込まれている。
「僕はまだ医師ではありません。しがない修士課程の学生です。センターは慢性的な人手不足なので、僕のような学生も働かされているんですよ。アルバイトやボランティアも多数参加しています。サポーターは基本的にボランティアです」
ちなみにサポーター自体は接触療法に限らず、何らかの支援が必要な人間の世話をしたいと希望する者が登録をしているのだという。
担当のサポーターはマッチングを行った上で決定する──上京前、希望するサポーターの属性について聞き取りがあったが、それもマッチングの一環だったのだそうだ。
「二宮君にはこれからサポーター候補者と面談してもらいます。まず一人目ですがαの男性で、彼もここの学生なんですよ。僕の一つ上です」
まあ良い人ですよ、少し頑固な一面もありますけどねとついでのように付け加え、松本が手元の資料をまとめ始める。
ここでの話は終わりということだろう。
彼の肩越しに見える明かり取りの窓に、木の葉の影らしきものが音もなく揺れた。
無性に外の空気が吸いたくなった。
続く
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