※大宮妄想小説です

 

お久しぶりです

年末年始少しゆっくりしようと思っていたら、いつの間にか1月も後半……子供が小学校卒業・入学を迎える時期なので時間が溶けていきます

2024年、最初のお話、パロディです

 

近日中に前回と同様、アメンバーさんの継続意志をお伺いしますので、よろしくお願い致します(その後、アメンバーさんの募集も予定しています)

 

 

 

 

梅雨明けが報じられて間もないある日の夜、和也が浮かない顔をしていた。

 

借りる予定だった店舗が急に借りられなくなってしまったのだという。

 

そのとき大野の脳裏に浮かんだのは、自宅近くにあるテナント募集中の空き店舗だった。

 

目の前が緑豊かな公園で日当たりもよく、こういうところがカフェに向くのだろうかと、最近は前を通るたび和也のことを考えていたのだ。

 

大野は軽い気持ちでその店舗のことを話した。

 

君の店が近くにあったら嬉しいな──そんな本音もつい漏れたが、半分は冗談と励ましのつもりだった。

 

ところが和也はおもいがけないフットワークの軽さを見せた。

 

翌日には現地を見に行き、数日のうちに契約を済ませてしまったのである。

 

 

「ここからだと少し不便なんじゃないか」

 

 

開店を間近に控えた金曜の夜、大野はいつものように和也の部屋で食後の珈琲を飲んでいた。

 

 

「ここも更新が近いから、店が落ち着いたら引っ越しも考えようかなって」

 

 

それがいいだろう。

 

通えない距離ではないが、電車を乗り継ぐ必要がある。

 

 

「どうせならうちに越してこないか」

 

 

口が滑ったというべきか、魔が差したというべきか。

 

大野の言葉に和也は目を丸くした。

 

当然である。

 

 

「部屋が余っているんだ」

 

 

言い訳のように素早く補足する。

 

どうやってこの居たたまれない空気を切り抜けようか──そんなことを考えていると、

 

 

「いいの?」

 

 

ぱっと花咲くような笑顔を向けられ、大野はなぜかなおさら焦ってしまった。

 

 

 

 

はじめてキスをしたのは雨の日だった。

 

朝から降り続く雨に閉じ込められて迎えた、夏の終わりの夕方だった。

 

ベランダではアンスリウムの葉が雨を弾いて揺れていた。

 

大家の許可を得て、アンスリウムも和也と一緒に大野の家に引っ越してきたのだ。

 

直前までなにをしていたのか思い出せない。

 

ふと目が合って、気がついたらそうなっていた。

 

窓をつたう雫が二つ、くっついて流れ落ちていく。

 

それと同じように自然な、いわば現象としての口づけだった。

 

薄い皮膚を隔てたぬくもりと鼓動に触れながら、大野は胸中で首をひねった。

 

一度離した唇をもう一度押しつけ、今度は離さないまま角度を変える。

 

こじ開けた唇の隙間から声にならない声が零れ、それを聞いた瞬間にようやく自覚が追いついた。

 

 

「寝室に行かないか」

 

 

和也の前では、どうも考えるより先に口が動いてしまう。

 

男同士でこんなことを言うのはおかしいだろうかと不安になり──いや性別以前の問題だろうと、ますます不安になった。

 

和也は濡れた唇を薄く開いたまま、ぼんやりと大野を見つめ返した。

 

 

「……どっちの部屋にしようか」

 

 

心臓が鳴って感情の形を知らせる。

 

何気ない話に耳を傾けているあいだに、屈託のない笑顔と向き合っているうちに、雨に打たれた緑が葉を広げるような確かさで、それは胸の内側に根を張り育っていた。

 

 

お互いのことを十分に知っているとは言えない。

 

共に過ごした時間はほんの僅かだ。

 

だからつい、求められてもいない言い訳をしたくなってしまう。

 

こうすることが自然に思えたのだ。

 

水が空と土のあいだを巡るように、朝と夜が繰り返し訪れるように、そんなあるべき営みの一部のように思えてならなかった。

 

誰もがこんなふうに、抗いようもなく恋をするのだろうか。

 

雷に打たれるような劇的さもなく、日常と地続きのまま。

 

和也と出会ってからずっと、どこか夢の中を泳いでいる気分だった。

 

それでも服を脱いで抱き合えば、無防備になった体が否応なく現実の手触りを拾う。

 

触れたところから均されていく体温、ぶつかる骨の感触、吸い込む肌の香り、擦れては滲んでいく輪郭。

 

ろくな知識もなく手触りで体を繋げて、人間も動物なのだなと大野はしみじみ思った。

 

行為がもたらす快楽はある程度想像していたが、ゆっくりと出来上がっていくさまを眺める悦びもあるのだということはその日初めて知った。

 

 

「……どうして、そんなに難しい顔してるの」

 

 

タオルケットを胸元まで引き上げ、和也が掠れた声で呟く。

 

レースのカーテンをひいた窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

寝転がったまま和也のほうに向き直り、慎重に言葉を吟味する。

 

 

「カズに誤解されたくないと思って」

 

「誤解?」

 

「誰にでもこんなことをするわけじゃない」

 

 

なんだそんなことか、と和也は吹き出した。

 

緩んだ頬はまだ上気している。

 

 

「誤解しないし、俺もそうだよ」

 

 

それはそうだろうと思う。

 

だがこの期に及んで、しかも他ならぬ自分のことだというのに、どうも釈然としなかった。

 

 

「……こんなに簡単でいいのか」

 

「簡単?」

 

「悪い、言葉が不適切だな。……簡単にこうしたつもりはないが、展開が早すぎて」

 

 

もちろん後悔は一切ないが、頭がついていかない。

 

 

「カズは少しも引っかからないのか」

 

「引っかかる?」

 

「……たとえば俺はカズのストーカーで、はじめからこうなることを狙っていたかもしれないぞ」

 

 

和也は枕の上で器用に首を傾げた。

 

 

「実はストーカーは俺のほうで、智さんの行動範囲に家を借りて、雨を口実に連れ込んだのかもしれないよね」

 

「そうなのか?」

 

「智さんこそ」

 

 

こらえかねたようにまた笑いだす。

 

大野もつられて笑った。

 

抱き寄せて頬に唇を寄せると、和也は笑いを引っ込め、心地よさそうに目を瞑る。

 

 

「智さんが言うほど、簡単でもなかったと思うよ」

 

 

ごく短いキスを交わしたあと、和也は秘密を明かすような声で言った。

 

 

「智さん、もうすぐ三十でしょう」

 

「まだ二十六だ。四捨五入しないでほしい」

 

 

すかさず訂正しつつ、話の転がる先が見えずに眉を寄せる。

 

和也は満足げに頷いた。

 

 

「俺は二十三。二十三年かかってようやくあなたに会えたんだから、全然簡単じゃないよ」

 

「……なるほど」

 

 

そういう考えもあるのか。

 

納得し、もう一度唇を重ねた。

 

やはり息をするより自然なことに思えた。

 

枯れかけの植物に水をやるくらいの気持ちだったのではないか。

 

そんなふうに思ったこともあった。

 

実際そうなのかもしれない。

 

だが恐らく和也にとって、それはけして気紛れでも軽い気持ちでもないのだろう。

 

ただ自然で、必然であるだけなのだ。

 

 

「こうなるために生まれてきたんだと思ってるよ」

 

 

カズはロマンチストなんだな。

 

そう笑おうとして思いとどまった。

 

言われてみればそのとおりだと、またもや心底納得してしまったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらがピンクのアンスリウム

花言葉は「飾らない美しさ」となります

 

 

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