※大宮妄想小説です

 

お久しぶりです

年末年始少しゆっくりしようと思っていたら、いつの間にか1月も後半……子供が小学校卒業──中学入学を迎える時期なので時間が溶けていきます

 

2024年、最初のお話、パロディです

二話完結、あと一話続きます

 

 

 

 

急に振り出した雨は瞬く間に街を灰色に染めた。

 

今日に限って折り畳み傘も持っていないし、この辺りはコンビニのひとつもない。

 

オフィスなのか住宅なのかすら判然としない、似たり寄ったりの細長い建物が、道の両側に延々と並んでいるばかりである。

 

舌打ちしたい気分で鞄を胸の前に抱え、大野智は手近なビルの軒下に駆け込んだ。

 

薄汚れたベージュの外壁はいかにも古びているが、入り口のドアが少しばかり洒落ていた。

 

よくある框戸ではなく、上部に小さな曇りガラスのはめ込まれた木製扉だ。

 

ハンカチで鞄の水滴を拭いながら足元に目を落とすと、ドアのすぐ横に素焼きの鉢植えが置いてある。

 

ハートの形をしたピンク色の花に同じくハートの形をした緑の葉が、雨粒に濡れてつやつやと光っている。

 

立ち上る緑と土の匂いに頬を緩めたそのとき、蝶番を軋ませて前触れなくドアが開いた。

 

 

「お困りですか?」

 

 

ドアから顔を覗かせたのは一人の青年だった。

 

明るめに染めた髪が、湿気のせいか少し跳ねている。

 

 

「よかったら中へどうぞ。しばらく止まないみたいだから」

 

 

髪と同じ色の瞳と視線が絡んだ瞬間、ぬるく湿った空気がもたらす息苦しさが嘘のように掻き消えた。

 

 

木製のドアをくぐると中にはタイル貼りの階段があり、階段を上りきってすぐのところに青年の家の玄関があった。

 

家、なのだと思う──ごく狭く、見える範囲には小さなテーブルとベッドとパソコン用のデスクしかないが、突っ張り棒とカーテンで仕切られた向こうにキッチンがあるらしい。

 

そのキッチンで、青年は大野のために珈琲を淹れてくれた。

 

 

「急な雨で大変でしたね。お仕事中ですか?」

 

「この近くで朝から用があって、職場に戻る途中だったんだ」

 

 

この辺りにはあまり馴染みがない。

 

駅に向かう途中で迷っているうちに降られてしまったのだ。

 

 

「雨宿りできるような店もないんですよね、この辺。駅なら前の道を左です。二つ目の交差点を右に曲がると見えてきますよ」

 

「とても助かった。ありがとう」

 

 

借りたタオルで頭を拭きながら礼を言い、そこから少し考えて再び口を開いた。

 

 

「君は、ここで独り暮らしなのか」

 

 

琥珀色の瞳がぱちりと瞬きをする。

 

そうですけど、と首を傾げる姿はどこかあどけない。

 

 

「世話になっておいてなんだが、素性も知れない相手を家に上げるのはどうかと思うぞ」

 

 

この状況で言っても恰好がつかないなと自嘲しつつ、珈琲入りのマグカップを口につける。

 

うまい。

 

 

「あなたは悪い人なんですか?」

 

「そうかもしれないだろう」

 

「うーん、そうは見えないけどな」

 

 

青年は細い顎に指を添えて考え込むような仕草をすると、おかしそうに目を細めた。

 

困っている人がいたら、助けるのは自然なことでしょう。

 

気負いのない、ごく当たり前の口調でそんなことを言う。

 

 

「飲み終わっても止まなかったら、傘を貸しますね」

 

 

青年は窓の外へと目を向けた。

 

雨は弱まることなく降り続いている。

 

 

 

 

借りた傘はその三日後、金曜日の夜に返しに行った。

 

雨宿りの礼にとプリンを持っていくと、一緒に食べましょうと当然のように言われ、今度は晴れているのに上がり込むことになった。

 

 

「だってほら、二つ入ってるし」

 

 

そう笑われたが、一つでは格好がつかない気がしただけだ。

 

断じて下心はない。

 

青年の名前は二宮和也といった。

 

大野はその日から毎週、金曜日の夜に和也の家を訪ねるようになった。

 

無論、特に用事があるわけではない。

 

男二人でなにをするわけでもなく、彼が淹れてくれた珈琲を飲んで話をして過ごすだけだ。

 

三回目からは夕食も作ってくれるようになった。

 

雰囲気や背格好から恐らく学生、それも十代だろうと思っていたら、とっくに酒も飲める歳だと聞いて驚いた。

 

春に大学を卒業し、いまは実家の家業を手伝いながら、カフェの開業準備をしているところなのだという。

 

大野の反応を見て「そんなに子どもっぽいかな俺」と口を尖らせて拗ねる姿に少しばかり焦りつつ、彼が成人していることにどこかで安堵している自分がいた。

 

軒下にあった鉢植えの植物はアンスリウムというのだそうだ。

 

てっきり花だと思っていた可憐なピンク色の部分は、仏炎苞といって葉の一部なのだと教えてくれた。

 

大家が置いたものだが、放置されて萎れかけたところを和也が復活させて以来、なんとなくそのまま世話をし続けているという。

 

 

「うちにベランダがあれば、いっそ引き取らせてもらうんだけどな」

 

 

放っておけないのは人に限らないらしい。

 

あるいは大野に声をかけたのも、枯れかけの植物に水をやるくらいの気紛れな気持ちだったのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

続く

 

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